戦後俳句を読む (4 – 1) ―「死」を読む― 上田五千石の句 / しなだしん

上田五千石の死の一句といえば〈萬緑や死は一弾を以て足る〉を挙げるのが順当であろう。だがこの作品についての評はすでに潤沢であり、その評の大半を占めるであろう“「死」と生命力の象徴である「萬緑」の鮮明な対比”に対して、私は反論も、新しい論拠も今のところ持ち合わせていない。

五千石は「死」を忌み嫌い、「萬緑」の句の自註に“「死」はわが俳諧の忌字”と記し、句集『田園』のあとは「死」という言葉が表出する句は作らなかったというのが定説だ。それは父を早くに亡くしていること、戦時という死と隣り合せであった生い立ち、それに起因する人生観、宗教観に関係するところかもしれない。

ちなみに『田園』では〈萬緑や死は一弾を以て足る〉となっているが、自註での表記は〈萬緑や死は一弾を以つて足る〉と「つ」が足されている。これでこの句の読みが〈もってたる〉であって、〈もてたりる〉ではないことが明確になっている。また、この句の表記で「万緑」となっているのは誤りである。

さて、次の4作品は、句集『天路』の巻末に並べられたものである。

九月一日 四句
夜仕事をはげむともなく灯を奢り五千石
芋虫の泣かずぶとりを手に賞づる
色鳥や刻美しと呆けゐて
安心のいちにちあらぬ茶立虫

詠んだ日は、平成9年9月1日。つまり五千石が、突然に死を迎える前夜の作品なのだ。

『上田五千石全句集』(*1)の上田五千石年譜(上田日差子編)の平成9年の項によれば、

2日夜、自宅で原稿執筆のあと倒れる。同日午後10時10分「かい離性動脈瘤」のため、

杏林大学付属病院で逝去。満63歳10か月余。

とあり、また『天路』の上田日差子によるあとがきには、

父のあまりに早すぎた他界ではありましたが、俳句と師との出会いにより、いのちに生かされ、俳句を信仰することで幸せな生涯を全うしたのだと、今は思うばかりです。(中略)
亡くなる前夜作の父の句を揚げて、父の「生きるをうたう」よろこびを偲びたいと思います。

とある。

この“「生きるをうたう」よろこび“とは間近で父五千石を見て育った、日差子氏ならではでの言葉である思う。実は「生きるをうたう」こそが、五千石の「眼前直覚」の秘められたテーマであると、私は思っており、それがこの〈あとがき〉から十分読み取れるのである。

〈九月一日 四句〉は、五千石の作品として見ると取り立てて秀作といえるものではないだろう。ただこの作品が奇しくも遺作になることは、本人も夢にも思っていなかったことが、逆に死というものを如実に顕しているようで、ぞっとする。

人間は死をまぬがれない。そしてその「死」は時に唐突に訪れる。それは大震災や日常に起こる様々な事件事故に係わる可能性が、誰にもあるということ。常に「死」と隣り合わせにある命、その命を精一杯燃やすことが、いのちある者の使命といえる。


*1 『上田五千石全句集』 平成15年9月2日 富士見書房刊

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