星をさがして 石田 瑞穂

自由詩石田130419-1
自由詩石田130419-2
自由詩石田130419-3]

星をさがして 石田 瑞穂

  こころのこもったお見舞いの手紙をありがとう。とても嬉しく拝読しました。とつぜんの心因性難聴から耳が聞こえな
くなってしまって五日が経ちます。外界の物音から肉体が切り離されているときは、恐ろしさと、安らぎの、どちらにも
解けない感覚があります。五感が絹糸にくるまれてしまって、繭の内壁の白い記憶をいつまでも見ているよう。この音の
ない国にもすこしずつ慣れてきたところです。病室の窓ガラスから裏門に目をやると、ポプラの樹が三本、風にそよいで
気持ちを鎮めてくれます。反対に、あおみどろで汚れている泉水にぼとっぼとっと重たく降りかかる音のない雨の雫は、
この古い渋谷K病院、街中の病院の一隅に隔離されている自分の境遇が思い知らされて、なんだか視界がぼんやりしてし
まうのです。
  耳の病は「耳管水晶結石症」というのだそうです。この不可思議な響きの病名は、蝸牛よりも下側、耳の管に幻の石が
詰まる錯聴に由来するのだとか。とはいえ、若い担当医によれば、ほどなく退院できるとの由。治療は投薬が主でアデホ
スコーワを、間隔をおいて注射してもらいます。この薬が耳のなかで生まれた、こころの結晶体を溶かすというのだか
ら、可笑しい。注射をうった日は、とりわけ誰かが廊下にじっとひそんでいるような、音ともつかない音が耳の奥底を谺
しながら流れている。耳鳴りとまではいえないものの、奇妙な気配が頭の芯から離れていかないのです。
 

 1、音のない国について
  音のない国、などと書いてしまいました。実際、一時的であれ、音をもたない者になったことで、ぼくは自分自身が外
国人にでもなってしまった気分です。看護婦さんの爽やかな微笑もボードでの筆談も、なんだかとても遠い。そこにはい
つも、目に見えない架空の国の閾がある気がします。病室には他に、難聴を患うふたりの患者さんがいます。言葉を交
わすこともできなければ、耳もきこえない者同士が空間と暮らしを分かちあうのですから、なんとも奇妙なおつきあいで
す。それでも夜には隣のベッドから寝息が聞こえてくる錯覚があります。看護婦さんいわく皮膚が人間の気配を敏感に察
知しているのだとか。そう、この国ではし気配こそが国語です。ふと頬を撫ぜる風。カーテンの隙間から忍びこむ銀の月
暈。夕方の電柱の五線譜に一列にならぶ子鳥たちは音の実。窓際で、紙コップの湿った香りのする珈琲を鼻先にもってく
ると、雨に濡れたり、西日に照らされている家並みの底から、潮騒やら群青色に波打つ海原やらが炙りでてくる。この国
でぼくは、自分の身辺にみちあふれているさまざまな声のない気配に気づきます。
  だから、きみの手書きの文字からは、きみの肉声がきこえてくる、といったら嗤うでしょうか。お医者さんがいうには
音は鼓膜における空気の振動、物資的な刺激だけでなく、人間の記憶に依存している部分が大きいそうです。リーン、と
いう音がきこえると同時に、人は無意識のうちに「ベル」を想起している、ということですね。アンリ・ベルクソンでは
ないですが、人はなにかをきく瞬間、なにかを思いだしている。よって、記憶のストックがそれほどない生まれたての赤
ちゃんは、耳もよくきこえないそうです。ぼくの大人の耳は赤ちゃん以下というわけ。
  ぼくの頭のなかにはいつも無音が響いているのかといえば、そうでもありません。人によってちがうそうですが、ぼく
の耳のなかではたえずシューッ、シューッ、パチ、パチという幻聴がきこえています。ハイランド地方できいた、オーロ
ラのたてる音に似ているかしら。人間の脳と精神はまったくの無音には耐えられない、よって耳が記憶の力をかりて擬似
的な音の世界をつくりだしているのだそうです。
 

便宜的にオーロラの音と比較しましたが、ぼくにはこの音がどんな音か、正確にはわからない。否、いまの話でいう
と、思いだせないのです。ぼくを狂気から守ってくれている記憶そのものの音。その純粋な記憶を、ぼくは思いだすこと
ができない。自分自身の記憶の声をいつかきくことができるでしょうか。ぼくの体内で、孤児のままでいる記憶を。

 2、星をさがして
  そういえば、昨日、同室のYさんのお孫さんが見舞いにきて、すばらしい影絵を披露してくれました。それは赤や黄や
青のセロファンとボール紙、か細い竹棒とでつくった鳥や花や星や人間や魔物たち。ぼくらも子どものころに工作した、
棒で嘴や手足を動かすあれです。物語は「シンドバット」のようでした。ハトロン紙でスクリーンをつくり、うしろから
電燈を当てて影絵を動かす。すると、ハトロン紙から色が透けて見えて、すごくきれいです。3Dテレビの時代に、こん
な単純な劇と仕掛けにあらためて驚かされて、その美しさに気づけたのは、健聴をくずしたせいもあるでしょう。声を発
しない物静かな影たちは、ぼくの耳のなかの幼年からも踊りでて、音をなくしたこころにやさしく寄り添い、元気づけて
くれたのです。
  その夜は久しぶりにぐっすり眠れ、ふしぎな夢を見ました。音には上へ上へと上昇する性質があるそうですね。夢のな
かでは、ぼくにはきこえない街ぢゅうの物音がアスファルトから羽毛みたくどんどん沸きおこって、夜空に昇ってゆく。
それからひとつひとつの音は、音楽の起源を、天いっぱいに星々のを広げたのでした。

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