その人がくれたメロンパン 大石聡美

【10月18日掲載】自由詩 その人がくれたメロンパン 大石聡美-1
【10月18日掲載】自由詩 その人がくれたメロンパン 大石聡美-2
【10月18日掲載】自由詩 その人がくれたメロンパン 大石聡美-3

その人がくれたメロンパン 大石聡美

遅れてやって来る
祝福がある
その人のことも
あなたのことも
過去になって
そう言うと
いまはもういない
その人が悲しそうに笑っている
(もう僕のことは過去なんだね)って
 
その人は
私の書く詩を
いつも認めてくれた
いつか
その人は手紙をくれた
(あなたが辞めた
大学の話。
そこの心理学教師の前で
あなたがぼろぼろとメロンパンを零しながら食べている詩。
あれはとてもいいね。
大石さんはいまノッてる時期なんだね)
私は「そうかなぁ」と
不思議に思った
いま思えば
それがその人の教師としての詩人の在り方なのかもしれなかった
 
その人を偲ぶ会。
あなたは言った。
(出席するって言ったり、欠席するって言ったり。
僕はあなたの修士論文についても
二次会か三次会で徹底的に指導するつもりだった。
あなたは自分の立場をわかっていない。
あなたの立場なら当然、主催者側のすぐ下の立場として
主催者の妻を助けるべきだ。あなたはいつも身勝手だ。
さよなら)
あなたは言った
厳しくも優しかったあなたの、突き放すようなさよならだった
私は
あなたって最後まで
教師になれない詩人のままだなって思った
 
その人は死ぬ前
あなたを徹底的に批判した
私を庇っていてくれたのかもしれない、と
その時も思った
でもそれが確信に変わったのは
最近のことなのです
 
その人は昔、
「少女消失」という詩を書いた
(何故、私の体験をこの人は知っているのかなあ)と
私は思った
でもそれは思えば当然なのかもしれなかった
私の苦しい初恋の相手は教師
その人は教師の中の教師。
当時問題行動だった私の恋を
その人が知っているのも当然のことかもしれなかった
 
(あなたは幸せですね、
詩人が最後の最後に発見した詩、
それがあなただったなんて)
偲ぶ会の主催者の妻が言った
私は意味がわからず
葬儀の後も皆と食事もせず、
女性詩人と二人、
その人が皆に配るように生前手配していたメロンパンを食べながら帰ったのだった
 
(あの人らしいね、
メロンパンなんて。)
女性詩人は言い、私も頷いた
でもその時は気づいていなかった
心理学教室で心理学の教師とメロンパンを食べた詩を
その人がとても褒めてくれたことを
それをどうしても思い出せなかった
 
私はあなたを師と呼ぶべきか
その人を師と呼ぶべきか
ずっと無自覚で生きてきた
でももういいって思った
あなたを赦そうと思った
その人にもあなたを赦してあげてほしいって思った
私はあなたにもその人にも恋をしていたわけではないと
あなたに言おうと思った
苦しい思いを詩にすることを教えてくれた二人に
一人には伝えられなかったけれど
あなたが生きているうちに伝えたいと思った
そして私の夢の話をしたいと思った
私は詩人ではなく本当は教師になりたかった
なのにこうして教師になれず売れない詩人をやっている
そのことをあなたに認めてもらいたいって思った
何故ならあなたも私も教師には最後までなれないそんな二人だから
相手を対象化することでしか人を愛することが出来ないそんな二人だから
相手を対象化した途端、
激しい熱を失ってしまう二人だから
そして
その人が配ったメロンパンの意味を
この瞬間まで理解出来なかった鈍感な二人だから
そして
あなたがどんな思いであの日東京に向かったのか
わからない私を赦せないあなただったから
生きているうちにしか伝えられないことを
教師になれなかった私とあなたが
最後まで詩人として生きる覚悟を
こんな切ない四月に
一緒に夢見たいと思ったから
        (二〇一四・四・二〇、二人のJ(日本文学)を愛した記念に)

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