アマリリスを浸した赤い水   杉本徹

アマリリス

アマリリスを浸した赤い水   杉本徹

光景の裏を吹き抜ける歌、その気配の線条をひたすら追った、それはそれは、
地球の真冬――時に眼をとじて、あふれる時間の照り返しを踏みつつ竹芝埠頭
から北品川界隈まで、つたい歩こうとした。

灰ノヨギル、モットモ遠イ都市、……泳イデ、イラッシャイ、

遊星、のうかぶ運河に漣がつぎつぎひろがる、と残像の漣は数歩先の記憶のな
かで、無限にただよう微笑だか心となる。そう、ただよい、ひろがれ。トタン
屋根の発着所、……でも何の、発着所だろう、

対岸でふと放物線をえがくボールと、ひと刷毛の雲の銀光がかさなると、聞こ
えない一瞬の影となった。

ビルに隠れた家屋の、テレビアンテナはちいさく輝く亀裂、その角度のまとう
風音を、聴きたいと、ねがった。あるかなきかの、掻き消える冬音、を。……
幾度目、振り返るともなく眼をこらした、けれどみえない。貨物船の幻、か、
路地奥に。

平和島方面に、うかぶ島、そんな、韻律の映画。
きれぎれに飛ぶモノトーンの車たち。首都高と並走する陽に、浸されたい。
アマリリスを浸した赤い水、をみたのは数秒前、数年前、……ちがう、町工場
の暗いサッシを曲って、そこの波紋をひとつ跨ぎこえれば、不意にめくられる
時間の襞もあると、知った。

波紋をひとつ跨ぎこえれば。
カモメの啼くようなオルガンの響きを、どこか物蔭で、聴いた。

球技とホイッスルと砂埃は、ちりぢりに
校舎の遠近法――よわい陽の巣喰うあれら無数の窓の
どこか、から
響き、聴いた
アア知ラナイ人、イマセンカ? 先生らしき声も後ろ手に受けとめた
……翼ひろげ、飛びたつ夕刊
路面で風に煽られる紙面からも聴いたか、……知らない、オルガン

棄てられた空き缶の集積にも、ピシ、ピシ、光が降った。傾く表通りには裸木
たちの問いの形象が、黒く遠くつらなり――空が、降った、

ワタシ、名前ヲ、書イタ、ユクエフメイノ、チキュウニ、書イタ、

もうずっと閉ざされたままの店舗の、シャッターに身を寄せていた通りすがり
の、女の子はうつむいて端末を操作し、バスを待つ。いまきっと、埋立地沿岸
のクレーンが斜光ごと、資材だかドームを持ち上げたのだろう翳りが、あたり
をいちめん覆った。

行く先を失って、そろそろバスも堂々めぐりの遊星軌道に入るにちがいない、
……行き場なく。舗石の、ゴム長の片方と黒い水飛沫。バスは来ず、行くあて
がなければ誰もかれも、木の舟に入って、今夜はねむる。

木の舟に入って、今夜はねむる、……島も、ねむる、韻律の映画。
波紋をひとつ跨ぎこえれば、

路肩にチョークでアステリスク、らしき印が無造作にえがかれていて、空と、
韻を踏む? レシートも指先で光となってカサコソ鳴る葉、大量に人の手から
手へ、……やがて時間の隙に散り、落ち、いつか、漣となる、

階段を上って、のち
時折かき曇る空には地平のビルの、避雷針の
みえない尖りの
氷柱のような静けさが記されている――
忘れられた言葉たとえば、良夜とか
                邂逅とか
それらが氷柱の尖端でうつろに結晶していると思う、から
……ねむる、まぶしいほど耳傾けて

誰もかれも、木の舟に入って、……良夜、波紋をひとつ、こえれば、
ソコハ、ソンナニ、灰ノヨギル、都市、

雪ノ、ユクエフメイノ、都市、

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