葛――叙事詩   藤井貞和

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葛――叙事詩   藤井貞和

   ①
(哀吾の生まれは)かげに、葛の葉のかげに、
哀吾は見るかげもない。もう時代が、
うつろいゆくいまの季と知れ。きみは、
まんがを愛し、朔太郎か折口かの落とし子で、
中学にさすらい、高校と、兵役としての大学に、
参考文献の戦争と、韻律の賭けとで疲れ果てて眠る。
やんれーのうたをうたえ、やんれー(河内音頭さ)、
百年花咲き襤褸をまとい、主人公終わるこの路上。
路上生活者、ことし五百五十五歳、きみの生涯、
地下生活者のうたをうたおう、花咲きのうた。

   ②
(物語詩の)ことばを喪う切れ切れのこころ、
ふるさとはひらさかにあった、遠いひらさか。
うたこそ流れ、やんれー。塩の山あいに節回しが、
聴かれた盆踊り。ねえさんの伝説によると、
散った日からの日めくりによって「うらひるがえる、
やんれー。哀吾よ、三歳のおまえが、
たずねて行こうとしたとき、数日のさかいを、
越えられなかったのか?」と亡き母の言う、
「越えられないの? おまえ」、ねえさんを散らした、
あらしは過ぎ、きみをみなしごにする、
いえなきこにする、やんれー。子猫のなかへ、
きみはひそみ、連れさられるのを避けたのだが、
難波の港から人さらいの航路は三日を要し、
ほばしらはわが綱を天にくくりつけて、
へど、たぐり、嘔吐のたぐいにおびえ、
天にとどくきみのおらび。(はじまり――)

   ③
(葛の葉の言う)葛の花はわたしの、
むらさきいろを、足のしたに散らす。
見てよ、村道のあかるみにむくげ、
らんぎく、何よりもうつくしく、
葛の花踏みしだかれて、色あたらし、
迢空さんは唱える、咲くわたしが、
踏みにじられるとき、色はぬれて、
ひきちぎられた帯。したくちびるには、
裂傷のしるしと、銃剣をよけきれなかった、
下腹部。哀吾よ、(葛の葉は叱る)
桜町がやって来る、お行き。淀を、
そろそろづたいに、四天王寺をゆきめぐる、
めぐるわがものこいの家に、
おちぶれたまぼろし源氏の、かげ一つ、
うたは夜語りに、声となる無造作な、
かおいろのうえに浮き出の、
世の辛苦、ああなさけなや。やんれー

   ④
(すっぱ百人、らっぱ百人が)合唱する、
声となる、かおいろのうえに浮き出の、
世の辛苦、ああなさけなや、暮らしは、
つらさのきょうあした、さあ強盗に、
でかけましょうや。こころを襲う、
ひそかな誇りを捨てて、白昼を、
われらがぬすむ町並みや屋根のふきぬけ、
のきかげに誇りを捨てて、ははあ、
われらすっぱが百人、らっぱの百人の、
コーラス。あわれ、コーラスの、
とどこおり、とどこおり、あわれ、
葛の葉のさいごを想えば、
声にもならぬ。時こそ昭和二十年、
みなつき十日、やんれー。

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