ホバリング、のち旋回   駒ヶ嶺朋乎

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ホバリング、のち旋回   駒ヶ嶺 朋乎

海域よりも空域よりもはっきりとしない境界
遠い成層圏を希求するのは自由だ。
その高さの迂回路で
世界はどこまでも丸いひと続きであることを見に行こう。

呼吸する
深く大きく吸い込んで
手のひらに包んだ草の露
それを集めて草いきれ
吸い込むと、せせらぎ
合流して、小川のうねり
高台から川面は反射し、まぶしい
さらに梢からその反射は枝に覆われて、
木々が森になり
立ち並ぶ梢を俯瞰する
そのさらに上空
空の香りを呼吸する
手の届かない高さに白い雲
弾ける気泡
この身体を地上に留める圧を越える頃には
大気の渦巻き模様が見える。
コリオリの力が見せる渦巻き
生活圏の外延は、地球だ。

成層圏を抜けると,肩の力が抜ける瞬間に出会う。
驚くことに、これが空想だとしても。
私は地上から
ほど近い空
せいぜい手が届くか届かないかの距離をかすめるのが精一杯で
あるのだけども。
(めいめいの呼吸の範囲がせいぜいその程度だということを
惨憺たるウイルス禍で思い知らされる)
こうしてできるだけ遠くを仰ぎ見る。

そうして肩の力を抜いて耳を澄ますと
草いきれに囲まれて
すぐそこにも気配はある
ほらすぐそこに
羽音が聞こえている
羽音は耳元、むしろ触覚に連続するほどの近さにある。
草いきれの届く距離
湿った羽音が耳をくすぐる
羽虫は数匹ホバリングし、ごごごごごご
気持ちは結局ここ、フラットにとどまり
ああ、いるね
いずれ飛び上がる空の高さを予感しながら
地上に留まり
仰ぎ見る。

両手で作る
円筒の先、遠く光る弓
七重見え
ああこれ懐かしいや
ほど近く
空とも言えぬ
背丈の高さに草繁り
真夏の湿った風の中にイグサの香りが吹き上げてくる、
畳の匂い、するすると
祖母の居間だろうね、今よぎるのは
夏の畳干し
木枠のガラスに風がたたみかける、がたがたがた
軒下にひまわりが短く明るい影を落とす、きらきらきら
かつてと今とをつなぐ きび に揺れる
銀色の弦が懐古の機微に触れる、さらさらと
草いきれをかき分けて行き着いたひまわりの高さ
その輝きを残さず両手ですくいとろうとしても、
指の間からきらきらきらがさらさらさらと、こぼれだし
すくいとれるのはわずかに
三本の横線だけだ
三本のその清水の冷たさに、喉の渇きを潤そう
ごくごくごく ごくごくごく
その喉越しに
ホバリングしていた羽虫たちは一息に飛び上がり出発する
くの字の軌線を描くだろう。

付記:本詩は、匂いと記憶惹起に関係する脳部位はどこかという質問に対して河村満医師より教示頂いた論文Watanabe K et al., Left posterior orbitofrontal cortex is associated with odor-induced autobiographical memory: an fMRI study. Front Psychol 2018; 9: 687. から着想した。

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