水の話 門脇 篤史
記憶の中のひかりまみれの薄ら氷を裸足に踏みて夢から醒めつ
看板の〈売り物件〉のくれなゐの文字のおもてをしづくはつたふ
をりからの雨に打たれてしづくする相聞ひとつ手の中にあり
人気なき電車に我の体温を座席に乗せて北へと運ぶ
金曜の予定を問へば満ちてゐる水の話をあなたはしたり
まだ冬を冬と思つてゐなかつた頃の話にゆびはかじかむ
絵の中にをとこがひとり立つてゐてとほり過ぎゆく我を見てゐる
画家の絵は色をかへつつしづやかに死期に向かひて並べられをり
飲み終へしペットボトルの底ひには異国のみづのはつかに残る
全集の端本をひとつ売るやうに故郷のことをあなたに話す
正しさのことを伝へむ日照雨降る記憶の中のやさしき鹿を
川風を浴みてはつかに傾ぎたるあなたに意味を手渡してゐつ
旅路には終はりはあるや輝きをこぼし止まざる一顆の檸檬