海嘯幻想 柚木紀子



海嘯幻想 柚木紀子

初蝶の沖つかひきる大海嘯おほつなみ

東風あやめらうにやくなんによ殺め沖

寂けさや啓蟄沖に攫はれし

ものの芽の翻筋斗もんどり打てる天地かな

逆巻き去る千のてのひら黄水仙

鶴帰る泥濘の脚そろひけり

鎖結びいつかは解ける春北斗

ほんたうは春満月てふ非現実

黒津波追ひつく踵梅を干す

ななへやへ屍かたむく夏わらび

無言抱擁

 気仙沼の医師・山浦玄嗣氏は千年に一度の天災のただなかで神の思いを聴こうとする「祈る人」。『気仙語訳聖書』を著している。「寒さに震えつづけ処方箋を書きつづけていました」と微笑む人の言葉は、真に神の僕のものだった。信仰の一語一語は被災地の「無言泥濘」から「万の死者」を蘇らせた。復活とはアニステーミ即ち「横になっているものが立つこと」であるとか。「詩人は霊感の対象を知る必要がある」(パブロ・ネルーダ)の声も聞こえる。

執筆者紹介

柚木紀子(ゆき・のりこ)

1933年、東京生まれ。「夏草」、「海程」などに学ぶ。1991年、第37回角川俳句賞受賞。句集に『ミスティカ』『曜野』など。

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「作品 2011年6月3日号」の記事

  

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