白夜の夢 望月遊馬

自由詩望月130561-1b
自由詩望月130561-1b修正

白夜の夢  望月 遊馬

夏のけはいの残るベッドに少年は眠りについている。果物の匂いのする肌の
うえを枯れた葉がすべりおちて明るい火のやわらかな畝がひろがってゆく。
少年は夜になるといつも手紙を書いていた。喪に服すように亡きものに対し
て贈る手紙は真夏のけはいがひろがっていたから。海から風が吹いている。
そして海が鳴っている。「たとえば蟻や蜘蛛のようなしずかな眸のかれらがき
れいに死んでいくようすを模写している」白い景色。白い髪。少年はやわら
かく笑う。手紙。十字架。ほんとうのことば。牛乳。そこには満たされたこ
とのない食料や文明がひろがっていて、わたしはそれらに眼をうばわれてい
る。真夏、赤くひろがる海のむこうにも、たしかにそれはあって。わたしは
本当のことばを忘れていく。八月五日、少年は朝、トーストを焼いている。
トーストはよく焼けている。それを少年はじっと見つめる。少年のくちびる
にはルージュが塗られている。だから、少年はくちびるを舐める。
 
           *
 
真夏の夜のなか、黄色い蝉が鳴いている。少年はやわらかく初潮を迎える。
少年はそのままの姿勢でそっと目を閉じる。脳裏にはいくつもの光景が浮か
ぶ。それはきれいな青い髪。うつくしいひとたち。あなたの言葉がくちびる
から毀れていく。庭に咲いた白い花がゆれている。白い花には十字架がかけ
られていて夢うつつにそれにふれている。むこうでは火が焚かれている。ぱ
ちぱちと火の粉がはじけて眩しい。わたしは眠りにつけない。色覚や痛覚で
は感覚できないふしぎな意識がわたし・わたしでないものの境界から溢れだ
して、わたしと少年とがさしむかいに温めあっている。意識のなかで、認識
された海の色、彼の頬の赤さに新しく夏が降ってくる。八月七日、少年はベ
ッドから起きだして、蜂蜜のついたトーストを齧っている。「たとえば夢や現
のはざまにたゆたう言葉の様態のようにあるものをないといわしめる言葉の
力が少年の足首にはりついている」性的になる人々の視線・中空にも、わた
しは手を拱いたりしない。泡沫の雨を受けた手のひらで、すくった水のひと
すくいに、その瞬間に、瞬きをしたわたしの手にはもうなにもなかった。飛
び立てるだろうか。わたしは。洋裁をしながら布の白い部分にある木漏れ日
のような痣に指をあててわたしの友は眠りについた。わたしは夢をみた。わ
たしは夢のなかで手紙を書いた。
 
           *
 
青い服をていねいに洗う少年。少年はうすくわらう。わたしたちの午後はそこ
からはじまる。白い綿をひろげて、そこに眠る。わたしは、透明な瓶をかたむ
けてなかの水を飲んでいる。やわらかく鳴る喉の音。水は冷たく、わたしは身
震いした。少年はそれを見て笑っている。真実という形のないものから、思考
されるあらゆるもの・ことに気をとられている。あの子はだから眠りにつけな
い。浜辺に寝そべってそのままの姿勢で、眼をあけている。少年はトーストを
焼いている。少年の白いシャツがはためいて、あたたかな木漏れ日が少年のく
ちもとで漏れている。故郷の音楽が響いている。それを少年は気づいているけ
れど、知らないふりをしているから。もう終わりになるだろうか。わからない。
ただ夜が来ることだけはわかるから、わたしたちはもうお終いになるだろうか。
信じてみたい。

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