鳥の嘴に文字を書いている 鈴木一平
(新しい靴)
新しい靴を履いて歩いていた
山奥で、女の子の短い足が発見された。私は
靴と呼べるものなら何でもよかった。あったことを
あった通りに思い出すことが
木陰から
顔を出している、この足も
いつか消えてしまう。私から逃げ出そうとして
細胞が列をつくって
順番に飛びおりる。そのたびに
小さくなる背丈のことは
首だけでも
足と呼びたい。
長いほうの足をくわえて歩いている。これは
いずれ返さないといけなくなる部品。罪を意識し出すと止まらない。
最後の一匹が勢いをつけて飛びおりる。それから
私を抜いた重みが
きみと二人で住んでいる。靴が
届いた。
(根ぐされ)
だれもいない部屋では必ず見える。きみたちは
土をしばって
丸ごと空に立て掛けたものを山として
川なら海との傾斜を示すもの。あの子の靴は
片っぽがお墓の代わりになっている、
この足が骨の代わりになった。水をかけると答えてくれる、
しみを残してさっさと消える。
長いほうの足は
額縁に入れて
飾ってあるという。
水だけで花が咲くかと思った。待っているうちに
根ぐされしていた。草も木も
弱り果ててしまう。土がとれると山もとれる、
山がとれると傾斜もとれた。ここでは
北上川と呼ばれていた角度が
遠くに
あの子の罪を啄ばんでいる鳥の群れ。背丈がまた小さくなる、
これを食い止めるために
川が一ミリずつ海をたぐり寄せている。私は
波打ち際を泳いでいるのだ。
(ペリカン)
あんなところに座礁している。波打ち際を泳いでいたのに
テトラポッドの下にいる。半年をかけて
フナムシの巣になっていく。ほどかれた髪がゆれている。ゆれている
部位がある限り、あの子は地震なんだと思う。
「どうしよう。草の匂いが
なつかしい、あの子の重みがなつかしい」吸い上げた声を
傾斜に流す。その形が
北上川をなかったことにする
たった今
きみたちが住んでいる部屋を横切っていく
鳥の嘴には
あの子の文字が書かれてあって
「長いほうの足を
昨日、お墓に入れておきました」これも
なかったことになる。でも
忘れない。
思い出すたびに
鳥を読んでいる目が
私の血を体に引いて生きている。