宇宙イチゴ 柳本々々
「ねえ、夢で、醤油借りたの俺ですか?」
そんなふうにきいている。車窓をみながら。
車窓からみえる空間は桃色や緑色のひかりで埋め尽くされていて、ときどき、ひかりの音が、な
がれる。サ行音やハ行音でひかりがながれる。
これって宮沢賢治の小説にも出てきた銀河鉄道ですよね、と私はあなたに話す。けっこう座席が
ふかふかなんだ、そういって少しはしゃいでみる。あなたは、憂い顔で、文学的な感じを漂わせ
ているので、あんまり文学しないほうがいいですよ、と軽口をたたく。せっかくの宇宙なんです
から。ね。俺なんか、ずっと、バスくらいしか乗ったことなかったですから。海辺をえんえんと
走るバスでね。いつもたいていもう途中から帰り道なんかひとりなんですよ。あれ、ふしぎです
よね。車掌さんとおしゃべりして帰りたいくらいで。
しゃべりすぎちゃってるな、と思って、わたしは黙る。あ、あれ、イルカ座じゃないですか、と
わたしは外をゆびさして、てきとうにしゃべった。てきとうが、すきだ。
これね、あなたから夢で借りたお醤油です。すこし使ってしまいました。さっき、オリオン座の
頭頂部のあたりの駅で、のり弁を買いましてね。びっくりしちゃった。宇宙でものり弁あるんだ、
って。ちょっと落ち込んでたんだけどね。げんきでてきたんですよ。世界ってなんでもあるんだ
なとおもってね。だって、銀河でのり弁売ってるんでしょ。だれがつくってるんだ、とかね。そ
こまでして人間はのり弁たべたいのか、とかいろいろおもってね。手紙かきそうになりましたも
ん。地球のむかしの恋人に。ねえ、あのね、宇宙にものり弁があったよ、って。そんな思いがけ
ないことがあるんだから、もうきみは許してくれてもいいんじゃないかな、って。あ、いけない、
またしゃべりすぎちゃった。
あなたが、すこしだけ、わらった。そのしゅんかん、わたしも安心して、いや、うれしくなって、
窓をあけてしまう。オリオンが、安易に窓をあけるなよ、とこちらをふりむく。あれは、シロナ
ガスクジラ座ですね、とわたしは、また、てきとうに星をゆびさしていった。宇宙塵の香る薫風
が、さあっと窓から吹き込み、のり弁をまきあげていく。
あなたが、あ、とつぶやいた。
あ、しゃべりましたね! といってわたしはわらった。あなたの声は、夢のままの、あのときの
声だ。
宇宙ではなんでもきらきらするんですねえ、とわたしは銀河にばらまかれたのり弁をみながら、
うしろに手を組みながら、感慨ぶかげに、いった。
なんだか、もう、だいじょうぶだ、とおもった。
これからすこしくらいつらいことがあっても、宇宙にのり弁がふつうに売ってたことを思い出し
て、やっていこうと、おもった。失恋くらいがなんだろう、とおもったのだ。宇宙は、せまい。
わたしだって、せまい。のり弁だけが、きらきらと、境界線を、おしひろげて、ゆく。
あなたは、とろんとしたねむたげな眼で、あまい吐息で、こんなふうに、いう。
「のりべんがきらきらしつつ離れてく銀河鉄道途中下車不可」
ええ、そうです、とわたしはいう。
そうして、ねえ、宇宙苺でも、食べませんか、と最後にあなたに、わたしはよけいなことを、言
った。