一本の桜が世界を受信している  渡辺玄英


一本の桜が世界を受信している  渡辺玄英

(明日、見るはずの
星の名前を
ぼくらは夜が明けたら忘れる
ムスーの電波が まるで
流星雨のように降りそそいでいる(いるね
宵闇の中にぽつぽつとアンテナが立っている
セカイを受信しては
つぎはぎの日誌や縮尺のちがう地図を張りあわせて
(星の海で
点いたり 消えたり くりかえす
(難破しては
がつがつと狂いつづける風景も星座も
まばたきをするたびに
組み替えられていくぼくらは
震える時制だった
 
こんにちは
ぼくは死んだ未来です
世界を追い抜いてここに来ました
(かもしれない
映像は激(しく(ブレている
宵闇のセカイで
足元にひろがる石くれを気にしながら
いないはずの人とケータイで話しているのでした
おかけになった番号は地上では使用されていませんあるいはあなたので
んぱはこのセカイのものではありませんね失われた昨日とか電場の届か
ないところとかあるいは20XX年のどこかで活断層がくずれたように
時間が漂流するのはよくあることで
(まばたきするたびに切り替わっていく(分岐して
記憶も次々に書き換えられて
それからそれからあの日ぼくらは何をしていたのか
ふたりで食べたのは何だったのか(この雑草の名前はわかりますか
あのとき見たさくらはさくらでしたか
遠くで鳴っているのは目覚ましですか悲鳴ですか
おかえりなさい 災厄はもうすぐ始まります
まだ知らない星の名前をなぜか今夜は知っています
もしもし まだ生きている過去
そこでは桜は満開ですか
ここからは見えないけれど
満開の桜の向こうに
無数の星が沈んでいきます

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「作品 2012年5月4日号」の記事

  

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