成りゆきの星 野村喜和夫
1
けさ
ダンサーが死んだ
まなざしからまなざしへと
彗星の尾のような
あやうくて逃れやすいひとの肢体の輝きを
渡していったのちに
2
冬のオリオンよ
私のなかにも星があり
理由もなく輝き出て
おもざしをほんのりと明るませる
あるいは
怒りの握りこぶしからかすかに光がこぼれ落ちるのも
その星のしわざ
3
だが私の耳の底では
小さな誰かが
ブリキを擦りあわせたような悲鳴を上げている
おい
出てこいよ
4
悲鳴に先立たれて
おまえは在る
せめて絵本の世界でのように
三日月に腰掛けて
流星雨でも浴びるがいい
虫のごとき生よ
5
ジャワの鳥市場では
籠に囚われのコウモリをみた
「なぜ逆立ちしてる? 」とぼくがたずねると
「やってごらん」と彼は言いたげだった
「血が頭に下がってきて
冷めた怒りが醸成されるよ」
それから鳥市場へ
驟雨が
投げ網のようにやってきた
6
それにしても
なんといういたずらな稲びかりだ
せっかくの私たちの秘めごとを
おぐらい肉のはかりごとを
こんなにもストロボ状に浮かび上がらせるなんて
7
わたくしの背後の闇にはさらにねじくれたひらがなの迷路が
どこまでもどこまでもつづきわたくしを眠らせない
漢字の精霊がやってくるのはたぶん丑三つの果てるころだ
8
どんな宴であれ秘め事であれ
最後はいつも
荒涼と星くずに照らされた道
そこを夢は立ち去るのだ
燠火のようなメッセージを
朝の私たちの
眼の底の灰に残して
9
伝へたくても伝はらないもの
伝へたくなくても伝はつてしまふもの
それらが
生存の波打ち際で
XになりYになりながら
数知れぬ蒼い凧のやうに
舞ひ狂つてゐた
舞ひ狂つてゐた
執筆者紹介
野村喜和夫(のむら・きわお)
詩人。1951年埼玉県生まれ。早大文学部卒。
戦後世代を代表する詩人の一人として現代詩の先端を走りつづけるとともに、小説、批評、翻訳、朗読パフォーマンスなども手がける。
詩集『川萎え』『反復彷徨』『特性のない陽のもとに』(歴程新鋭賞)『現代詩文庫・野村喜和夫詩集』『風の配分』(高見順賞)『ニューインスピレーション』(現代詩花椿賞)『街の衣のいちまい下の虹は蛇だ』『スペクタクル』、『ZORO』、評論『ランボー・横断する詩学』『散文センター』『21世紀ポエジー計画』『金子光晴を読もう』『現代詩作マニュアル』『オルフェウス的主題』、CD『UTUTU/独歩住居跡の方へ』など多数。