短歌時評 第69回 田村元

短歌研究新人賞について

 「短歌研究」2012年9月号は、恒例の短歌研究新人賞の発表号である。応募総数は612篇。短歌研究新人賞は、予選通過作品を含めると、数百名単位の作品が掲載されるのが特色で、予選通過作品の中に、芸能人と思われる作者がいるなど、(私には真偽はよく分からないが、)Twitterで話題になっていた。

 最終選考に残った作者の所属欄を見ると、「所属なし」がずいぶんと多い。最近活発な、学生短歌会の名前も見える。従来の結社や同人誌では、「未来」「短歌人」「心の花」「太郎と花子」などの名前が並ぶが、圧倒的な最大勢力は「所属なし」である。この辺りは、近年の新人賞の傾向なのだろうが、「所属なし」と言っても、同世代の歌会などの集まりに顔を出している作者もいるだろうから、全く孤独に歌を詠んでいる訳ではないのだと思う。「所属なし」の作者の中には、従来に比べれば、もっと緩い関わり方かもしれないが、何らかの集まりに加わっている者もいるだろう。そういう作者も全て「所属なし」に括られてしまうところが、少しギャップを感じるところではある。

 

 まず、受賞作の鈴木博太「ハッピーアイランド」を読んでみたい。

レントゲン写しんでアビル一回分そうハンスウしボランティアしにゆく
ミナコこがふるサトミたいにかたりだすオダやかナカオでどうかしテルヨ
ふりかえるトきがあるナラみなでまたやヨイとおカヲやろうじゃないか
ふるさとはハッピーアイランドよどみなくイエルダろうか アカイナ マリデ

 震災と原発事故を背景とした一連である。特殊な表記に最初はとまどったが、選考座談会を参考に読み進めていくと、特に原発事故後の暮らしへの、深い問いかけが一連に満ちているのが分かる。一首目は、一般的な表記では、「レントゲン写真で浴びる一回分そう反芻しボランティアしにゆく」となるはずだが、不安定な表記が、目に見えない放射能への不安感を表している。二首目も、「皆ここがふるさとみたいに語りだす穏やかな顔でどうかしてるよ」という意味の歌に、「ミナコ」「サトミ」「オダ」「ナカオ」「テルヨ」といった人名が詠み込まれている。ボランティアで福島にやってきた県外の人たちであろうか。皆、善意に満ちてやって来て、福島をふるさとのように語り始める。カタカナで表記された彼らの名前は、どこか、のっぺらぼうのようである。勿論、「どうかしテルヨ」という言葉は、彼らの善意にではなく、原発事故という事態を引き起こしてしまった社会の側へ向けられているのだが、善意は暗黙のうちに感謝を要求するもので、常に感謝を強いられる被災地の息苦しさのようなものも一首からは感じられる。三首目は、最初は意味が取れなかったが、選考座談会を読んで、「振り返るときがあるなら皆でまた弥生十日をやろうじゃないか」という意味であると分かった。選考委員の一人である加藤治郎は、「時間を三月十日に戻せたらというこの一首はかなり深いところからの声と受け止めてよいのではないか」と語っているが、その通りだと思う。目に見えない放射能と、原発事故後の暮らしを、どう短歌に詠むか。鈴木博太の受賞作は、その問いに対して、修辞によって一つの解答を示したが、単なる修辞だけでは終わらない、問いと祈りに満ちた優れた一連である。

 次席の服部真里子の「行け広野へと」にも注目した。

花曇り 両手に鈴を持たされてそのまま困っているような人
「春だね」と言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる
雪は降りやまぬ肉屋の店先にあまたの肉を眠らせながら
音もなく道に降る雪眼窩とは神の親指の痕だというね

 新鮮さと同時に、どこか懐かしさを感じる魅力的な一連だった。選考委員の佐佐木幸綱が、選考座談会で「読んでいて、今ごろの若いやつはというふうな感じを持たないで読めるような、そういう素直な感じというか、古いものをも大きく抱き込んでいる、幅の広さのある才能だと思って読みました」と語っていたのが印象的だった。佐佐木の言う「古いものをも大きく抱き込んでいる」というのは、一つには、一連の底に感じられる季節感のようなものではないだろうか。「花曇り」という季語の使い方もそうだが、一首一首に自然な形で季節が取り込まれていて、そこがいい意味での「古さ」として、読者の共感を呼ぶ導火線のようになっている。特に二首目の「春だね」の歌がいい。ユーモアと季節感の底に、なんとも言えない人恋しさを感じさせ、何度も暗唱したくなるような一首だ。タイトルや一連の終盤の作品を読むと、作者はこうした季節に囲まれた日々の暮らしから、表現の「広野」へと旅立とうとしているかのようにも読める。今後に注目したいが、今回の一連に満ちている、いい意味での「古さ」を大切にしてもらいたいと思う。

作者紹介

  • 田村 元(たむら はじめ)

1977年 群馬県新里村(現・桐生市)生まれ
1999年 「りとむ」入会
2000年 「太郎と花子」創刊に参加
2002年 第13回歌壇賞受賞
2012年 第一歌集『北二十二条西七丁目』刊

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