すべてが月になる前に 高村而葉
人を迎え入れる、負けない夜だ
木を彫って木をつくる、スーさんの透きとおる声を聴いて
わたしたち、今夜は寝ないで待っている
テーブルの中心に月を置いて
約束したから間違いっこない、決して
沈んだ石が浮かび上がらないように、と、ここで喧嘩になって
月を迷う
この夜は二度とこない、すべては同時に行われるから
困ってしまう、スーさんは熱いお茶が飲めない
湯気に鼻をおしつけて
息をふぅーと吹きつけるたび
月が転がり落ちてクレーターができる、ふっと
風景はにべもなく変わる
そのつれなさは留守ではない、例えるならば噴水の
水のような親密さで、時には度が過ぎる
わたしたちのミューズ!
ふくよかに挨拶するなめらかさと、夜目に光る異様な激しさ
まだらに濡れたわたしたちを射す、風景の光線、あっ
月を迷う
スーさんはとても慕われている
後頭部を殴られても崩れない、みごとな構えでノミを打つ
飾り扉をつくる合間には、見たこともない生き物を彫って
名無しのそれらは棚にうずたかく住まう
そこから飛び出した羽や牙や尻尾
ゆるゆると寄せて、寄せて、新しい場所をいい感じに開く
いい感じ、が、いちばん馴染むのだ
月もそのように扱うか、ほどなくしてアポロ11号着陸
わたしたちはうさぎがいないことを嘆きはしない
けれど月を迷う
いつまでか、わからない
わからないがテーブルに置く
やがていい匂いのする扉から、肉付きのよい
何万年がやってきて
しみったれた世間話をしながら
その身にいっさいがっさい彫られるだろう
ご苦労なことだ、ね、スーさん
天頂に月が浮かび上がる
何万年よここへおいで
月に額を押しつける
うさぎ、居を得て喜び跳ねまわり
スーさんは余念なくノミを研いで