
絵画で詠む十句 渡部 有紀子
(ダリ「記憶の固執」)
チューリップくづれ時間の垂れゐたり
(伊藤若冲「群鶏図」)
若冲の鶏のこゑより夏立てり
(ブリューゲル「バベルの塔」)
初夏の煉瓦の赤きバベルの塔
旧約の塔に白シャツ干してゐる
(ゴヤ「マドリッド 1808年5月3日」)
人を撃つ人の顔消え五月闇
(キリコ「予言者の報酬」)
音の無き汽車の過ぎゆく白夜光
(シャガール「私と村」)
ふるさとは遠きにありて草の花
(本阿弥光悦書・俵屋宗達絵「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」)
鶴来る硯に墨の硬きとき
(ティツィアーノ 「アクタイオンの死」)
月渡る森にディアナの弓の音
(クリムト 「女ともだちⅠ(姉妹たち)」)
狐火は女のまなざしと思ふ
【プロフィール】
「天為」同人。俳人協会会員、鎌倉ペンクラブ会員。第四回俳人協会新鋭俳句賞、第三回俳人協会新鋭評論賞準賞。最近の関心事は、実体験の枠を超えたイメージの世界を詠むこと。伝統俳句としての季語の実感は離さずに挑戦したい。