第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門 短歌「リフレイン」俳句「鏡」自由詩「待つ」 何村 俊秋

第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞作
短歌「リフレイン」俳句「鏡」自由詩「待つ」 
何村 俊秋

ひとすぢに時ながるるや錆あかくトタンの壁の波間をゆけり
思い出と呼ぶには、すこしだけ静かな記憶たち
少年の頬赤き日に見上げゐしはつか宇宙を透かしたる空
水面みな光の息づく肌にして指をさそひぬ 底なすひかりへ
蝉落ちぬ落ちしかたちに照らさるるが夜に還さざる影をのばしつ
泡立草へ足あと消えてあめあがりからりと口に硬しキャラメル
「虫は地球外からやってきた」という説を熱心に信じていた
闇ぬちに目つむる闇に鈴虫の星をかよへる声も聴きしか
つままれてゆびの腹なる翅しづか風のやはきにふるへゐる見ゆ
砂時計ひつくりかへしくりかへし過去は未来に未来は過去に
コンロにて灯す煙草火わが窓に沈ましむべき夕陽はあらで
象(かたち)とはなべてさびしさ ひとすぢの今をながるる砂の音はも

俳句「鏡」

砂日傘人ゐなければ影ひとつ
緑陰や風を梢と同じうす
靴ひもの解(と)けぬがにある星河かな
鏡みな厚し八月十五日
ひぐらしに吾(あ)を離(か)れゆける夢なりや
ひらきつつ菊よひかりの嵩ならむ
いづこへと果てなば彼の世水澄めり
深まさる青きビル街小鳥来よ
身に入むやリモコンの裏にも指紋
月面に月の光の届かざる

自由詩「待つ」

待つことは壁だ
よって本当の時代には存在しない
高さ三から四メートルほど
油染みのうっすら付いたセメントか何かであろう壁
ここは地図や暦に記されていないために
ただ壁のみがどこまでも
続いているのだという
いわば繰り返す夢の反証 与えられてしまえばそれは
意味のない賓辞
だから霧の深みを壁づたいに
ずっと歩いてゆくしかないのだ
そうすれば壁が見せる表情のゆたかさにも気づくだろう
そのあちこちには苔がいじらしくはりついていて
埃まじりの雨の匂いをうっとりと立ちのぼらせている
中は配管が通っているのかくぐもった水音がかすかに聞こえてくる
ところどころは痛ましく抉られており
その痕から紫や黄や水色の綿がさまざまに吹きだしていることから
どうやら壁は
呼吸さえしているらしい

ある日
壁にちいさな穴をあけ
向こう側を覗いた者がいた 彼はしかし
彼の言葉と一緒に死んでしまった
すると穴は広がり始めた
みるみるうちに広がっていき
やがて
穴は新しい壁になった

こうして壁は繰り返すのだ
つまり夢の反証
その予感を生き戻すいくつもの星と
はるか遠くから
火群をひらめかすようなハマナスの幻影
いつか時間も化石となって
朝のしずけさを降り積もるだろう
地表から乳汁がじりじりと浸みだして
霧の向こうにはじめての太陽を認めるのだ
生まれたての星を擦り合わせたような
ひどくなつかしい匂い

始まりも終わりもあるのかもしれない
けれどもそれは
意味を持ちえない賓辞なのだから

──ほんとうにずっと 歩いてゆくしかないのだろうか

壁の向こうには
こちらとまったく同じ足取りで
歩き続ける詩人がいる

タグ: , , ,

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress