死霊の森 (ANNA SAITOに) 伊武トーマ



死霊の森 (ANNA SAITOに) 伊武トーマ

 白夜。森の奥深く
 長い髪の死霊たちが集う
 晩餐のテーブルに並べられた皿。
 
 己の角の重さに耐え切れず
 前のめりに転倒した牡鹿が
 宙に四肢を投げ出し荒い息を吐く。
 
 森とともに生きる審判者の
 息子である少年が
 牡鹿の臭跡を追ってやって来る。
 
 樹々を敬い
 善悪の審判を下す末裔の少年は
 瀕死のテーブルに並べられた皿の脇に
 
 使い古しのナイフとフォークを
 慣れた手つきで次々と置いて行く。けれど
 白夜の白に
 
 純白のシルエットを重ね
 光り輝く十二使徒の真ん中に
 坐するはずの主役は未だ到着しない。
 
 牡鹿の息はますます荒く
 地べたに突き刺さった角は打ち震え、ついに
 審判の時が来た。
 
 少年は
 瀕死のテーブルに向かって
 父から受け継いだ斧を躊躇なく振り下ろす。
 
 
 鮮血が迸り
 全身に返り血を浴びながらも
 少年は血まみれの両手をテーブルの腹に突っ込み
 
 一息に牡鹿の心臓を抉り出すと
 高々と天へ向かって差し出し
 主役の皿の上に置いた。
 
 樹々の影に身を潜め
 儀式のすべてを見守っていた父は
 角が根を張り
 
 テーブルが固定されたのを見届けると
 森の奥の、そのまた奥深く分け入り
 ふたたび戻って来ることはなかった。
 
 すべての
 人々の罪を背負って磔にされ、この
 テーブルの主役として迎えられるべき
 
 神の子に捧げられた皿の上で
 血まみれの心臓が脈打つ。
 審判は下され
 
 牡鹿は息絶え
 樹々たちの声なき歌に眩い光が迫り来るいま
 最後の晩餐が始まった。
 
 光は殺戮の血を洗い清め
 少年を美しい女に変身させ
 女は深い森を抜け
 
 村への長い道を引き返す。
 長いブリュネットの髪をなびかせ
 紺碧の瞳孔で闇を啜りながら…

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