虫の息 渡辺めぐみ



虫の息 渡辺めぐみ

ルミは斜傾地と呼ばれるところに生まれたことを恥じていた
淀みの中からも角を生やして転生するものたちもいたが
沼は角の育成を抑制することが多いと知っていたから
斜傾地は十分に陽が射さず
沼の湿度の高さに影響され
患部が常に湿気ていた
患部がいつできたのかも記憶にない
頭突きがすぎたのか
頭突きから遅れすぎたのか
定かではなかった
転生を絶対に目指さなければならないものでもなかったが
それは生命原理の希望に関する法則に叶っていた
丘のいただきへ日干しになっても登ってゆき
現実にはほとんどの仲間が干涸びて壊れていった
その中で斜傾地に身を潜め
遅々として伸びない角を
何年もかけて少しずつ少しずつ伸ばし
あるとき角を使って一掻き
嵐の空を掻いてみたのがルミだ
丘のいただきに数分ルミもなんとか持ちこたえ
時空の移層に成功した
転生か とルミは思った
憧れていたほどの心地良さはなかった
ルミのこの生き方を仲間たちはいっせいに非難した
それは転生原理に反し身汚くあまりに狡猾であるらしい
ルミは前世が雄で今生だけが雌だ
転生後も雄になる
非難の的となったルミの生き方が
ルミの可視的体(からだ)の形を決める
圧倒的疲労がルミを包んだ
――また雄になる――
そのことだけが剥けかわる皮のように
ルミには新しかった

執筆者紹介

渡辺めぐみ(わたなべ・めぐみ)

東京都生まれ。第1詩集『ベイ・アン』(2001年・土曜美術社出版販売)収録の一篇で第11回詩と思想新人賞受賞。第2詩集『光の果て』(2006年・思潮社)で萩原朔太郎生誕120年記念・前橋文学館賞受賞。

第3詩集『内在地』(2010年・思潮社)で第21回日本詩人クラブ新人賞受賞。

今年度より新川和江氏の後任として世田谷文学賞の詩部門の選考委員に就任。

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「作品 2011年7月8日号」の記事

  

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