闇を分かてり 寺島博子
ケルビムの羽のやうなる広がりにゆふべの雲が頭上をうごかず
かの夜にたちかへるときくり返し頭をもたぐ強き無念の
ともしたる明かりの下にものを思へマグダラのマリアよりも静かに
歳月やそれにまつはるもろもろを打ち明けるには雨まだまばら
サラダ菜を水に浸すにゆびさきに妬む心の生まれてきたる
雨の音絶えてしばらく雉鳩の声の伝はりくるまでのわれ
かへるでにうすべにいろの小花咲く耳目をもたず怒りにとほく
健やかな草のおほへる幻想に野を駆け抜けるみちのくの馬
可より不可こそ忘らえず桜桃は枝にするどく青き実をなす
すれ違ふとき梔子のにほひして人とわれとの闇を分かてり
伝へたき言葉のありて手の甲を爪を晒せり月のひかりに
しかるのちベラスケスの絵の暗緑にしづみゆくべしけふをあがきて
作者紹介
- 寺島博子(てらじま ひろこ)
1962年、宇都宮市生まれ。「朔日」所属。
歌集『未生』『白を着る』『王のテラス』。
評論集『齋藤史の歌百首 額という聖域』。