光を漁(すなど)る 安田百合絵
イエス、シモンに言ひたまふ『懼るな、なんぢ
今よりのち人を漁らん』かれら舟を陸につけ、
一切を棄ててイエスに從へり。(ルカ伝5章)
カーテンに風みたしをり今朝よりはひかりを漁(すなど)る者となるべく
睫毛長きひとのよこがほ まばたきのたび翅(は)をたたむ蝶のごとしも
恋ひわたり夕窓へ倚る現し身はもはや我ではなく赤(あか)蜻蛉(あきつ)
上枝(ほつえ)よりしづく幾粒 かしこみて天の接吻(ベーゼ)と額(ぬか)に受けたり
すきとほる光の筋を喉(のみど)へと注ぎて朝の硬水よろし
傳道者言く空の空、空の空なる哉、都て空な
り、日の下に人の勞して爲ところの諸の動作
はその身に何の益かあらん(伝道の書1章)
Vanitas(空の空、) vanitatum(空の空なり)… 夜の卓にルージュ拭へるわれを我が見き
感傷は羞(やさ)しといへど春鬻ぐことなきわれのしろき足(あな)裏(うら)
悲しみと疲労のちかさ 炎天に日傘をふかくさしこみ歩む
彼岸(かのきし)が此(この)岸(きし)になるまで舟を漕ぎゆく旅を一生(ひとよ)と呼べり
手をみづに浸して葡萄洗ひをり秋思払ふといふにあらねど
作者紹介
- 安田百合絵(やすだ ゆりえ)
1990年生、東京出身。文学部4年(フランス文学専攻)。短歌結社心の花、東京大学本郷短歌会所属。