赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第7回)        ~真実俳句審議会~ / 御中虫

誰もつかわなくなった古寺に、夜な夜な集まる人々がいた。その名を「真実俳句審議会」。彼らは俳句をつくるわけではないが、俳句の真実性とは何かを真剣に議論し、あらゆる俳句の書物(ただし古い)を読んできた老人の集まりであった。

今夜のテーマは『俳句における青春性』。老人が青春性について議論することじたいナンセンスといえばいえよう、しかし彼らはいつだって真面目なのだ。

と、そこへ外から若者の声。
「頼もう、頼もう!」
「何奴じゃ?」

真実俳句審議会のメンバーは腰を浮かせ気味に山門のほうを見た。

「やあやあ、我こそは小野あらた!『俳コレ』に収録されし、気鋭の俳人なりぃ!今宵は我が自信作を持って参った!じじいども、こんなさびれた寺でぼそぼそ議論などして何がわかる、本当の青春性を見るがいい!」
小野あらたはそういうと、古寺に入り、短冊を投げてよこした。

サイダーの氷の穴に残りをり   小野あらた
月光を束ねて熟るるバナナかな   同上
白壁にきらきら石鹸玉の跡   同上
クリームに苺の色の染みてをり   同上

「なんと…四句も同時に投げてよこすとはよほどの馬鹿…いずれにしろ審査に耐えるものではなかろう、去れ!」一同色めき立ったが長老の御中虫が一言、
「待て!四句も一度によこすとは、それだけ己が句群に自信のある証拠!タダものではないとみた。どれ、一句ごとに鑑賞しようではないか」
「は、長老さまがそうおっしゃるのでしたら」
一同は車座になって一句ずつ鑑賞していった。

「まず、一句目ですな。【サイダーの氷の穴に残りをり】か、なるほど…これはいわゆる<ただごと俳句>だが、【サイダー】という季語が活きいきしてゐる。氷が穴に残ったというところも、まだ大人になりたくない少年の心をトレースして、うまい…」

「そして二句目。バナナが【月光を束ねて熟るる】とは!この発想は非常にユニークかつ詩的で、いきなりバナナという日常のものがファンタジックなアイテムと化す。そしてこれもやはり若者ならではの目線、【熟るる】に斯様なポエジーを老人は持てぬもの…うまい」

「こうなると三句目も期待できそうですな…おお、これはまたまさしく【きらきらと】輝きのある句!白壁も、石鹸玉の跡も、けがれなき少年の心!うまい!」

「最後の句か。【クリームに苺の色の染みてをり】これも<ただごと>ですな…作者の傾向として、なんでもないことを爽やかにうたいあげる、そういった才能を感じる…うーむ」

一同は唸った。その時、
「だがな、あらた!」
長老はシュと立ちあがると、さけんだ!

「一句目!飲みほしたサイダーのあとの氷に固執するなどモラトリアム人間の典型!おまへには次なるステップがあるはず!それをなんだ、いつまでもうじうじと!サイダー飲んだらげっぷして瓶を返しにいって歩き出すんだよ、フツー!!いつまでも持ってんじゃねーよ!」

「二句目!おまへは熟れたバナナがいかにズズ黒いか、知ってんのか!? スーパーで売ってるおきれいなバナナしか、知らねーんじゃねーのか!?しかもそれを【熟るる】前に、黄色いだけのときに食ってんだろ!!ちげーよ!バナナってのは、熟れたら黒っぽく変色するんだよ!斑点が出てきて老人みてえになるんだよ!でもその腐りかけがいちばんうまい!おまへの句の【月光を束ねて】といふところには、そのリアル感がまったくない!絵に描いた餅だ!真実性がねーよ!想像句にも一抹のリアル感があってこそなんだよ、わかってねーよそこんとこ!」

「三句目!これは、くだらんの一言だな!きらきらとかも、一種のラストワードなんだよ、使い道間違えたらこんなふうにイタイ句になるんだよ!それしか言うことはない!」

「四句目!これはおしいと思った!ただごと俳句として、苺といふ季語も効いてゐるし、クリームにしみてゐるといふただそれだけ、悪くない!だがな、あらた!語呂のことを考えたのはわかるが【クリームに】で始めてよかったんか、ほんたうに!? 最後【をり】でよかったんか!? あたしならもっとちがう言い方をするだろう、たとへば『苺の色が、クリームに染みてゐた。けり。』こういう多少実験的な方法も不可能ではなかったはづだ!別にこうしろといふ意味ではないが、真実、詩を愛してゐたら定型にこだわる必要はない!再考せよ!」

「は…」
一同声もなく、小野あらたは山門を去った。

さて、青春性についての審議はすすむ。
しかしまた、誰かの声がする。

「頼もう、頼もう!」
「何奴じゃ?」
真実俳句審議会のメンバーは腰を浮かせ気味に山門のほうを見た。

「やあやあ、我こそは雪我狂流!『俳コレ』に収録されし、気鋭の俳人なりぃ!今宵は我が自信作を持って参った!じじいども、こんなさびれた寺でぼそぼそ議論などして何がわかる、本当の青春性を見るがいい!」
雪我狂流はそういうと、古寺に入り、短冊を投げてよこした。

幸福だこんなに汗が出るなんて   雪我狂流  
蹴飛ばして僕の団栗見失ふ   雪我狂流
わたくしの中の老人桜見る   雪我狂流

「なんという…三句も同時に投げてよこすとはよほどの馬鹿…いずれにしろ審査に耐えるものではなかろう、しかもおまへだってじゅうぶんじじいではないか、去れ!」一同色めき立ったが長老の御中虫が一言、

「待て!三句も一度によこすとは、それだけ己が句群に自信のある証拠!たしかに若者ではないが、タダものではないとみた。どれ、一句ごとに鑑賞しようではないか」

「は、長老さまがそうおっしゃるのでしたら」

一同は車座になって一句ずつ鑑賞していった。

「一句目。これはすばらしい、こんな素直な句はなかなかお目にかかれない…汗が出る、ふつうはそれを嫌がるものだ、そこに【幸福だ】の文字。これぞ青春。これぞ生命賛歌。うむ、さすがだ」

「二句目。【僕の団栗】か…!そう、少年のころは石ひとつ、団栗ひとつも宝物だった。作者はそれを蹴飛ばしてしまったというのだな、つまり大人になったと。そして彼の青春性は失われたか?否、失われてゐなひ、ここにこうして【僕の団栗】と書くだけの青春性を彼はまだ持ち続けてゐるのだ、素晴らしいことだ」

「三句目。おお、これまたすばらしい…風貌から見るに失礼ながら作者は老人の域に入ってゐるはづなのに、【わたくしのなかの老人】と言った、つまり作者はもっと若き血肉を持った者であるということ。自らを少年のやうに位置付け、そしてそのなかに【老人】が住まってゐるとするその考え方、まさに青春詠!」

一同は唸った。その時、
「だがな、狂流!」
長老はシュと立ちあがると、さけんだ!

「一句目!おまへはつつましい幸福をうたった気でゐるだらう!だが違う!世の中には汗が出すぎて困ったり、汗が出なくてこまったりする病が五万とあるのだ!斯く言うあたしもその一人だ!そういう病人から見るとこの句、まじうぜえよ!健康で良かったですねハハン、としか思えねーよ!句の出来としてはいいかもしれんが、その根底にある精神がむかつくぜ!」

「二句目!まあこの【団栗】も青春の象徴だらふ、それを蹴飛ばして青春性を失ってしまった…とみせかけてこんな句を詠んじゃう俺まじ少年の瞳忘れてなくね?ってなァーーーーー!!一人称が【僕】なのも確信犯的でむかつくよ、いるんだよいつの時代もこういうピュアピュア爺サン!実際もっと生々しいくせにそれ曝け出す勇気ないだけなんじゃね?ああむかつく!!」

「三句目!これはギリギリありな句だとあたしは思う!だがな!せっかくラストワードの【少年】を封印して【老人】と言い変えたまではいいが、【桜見る】は【老人】とつきすぎだろーー!!あえてこの季語というのは無いけどな、【わたくしの中の老人蜜柑食ふ】とかだったらもっとあたしはおもしろがれたよ!」

一同声もなく、「は…」
雪我狂流は山門を去った。

さて、青春性についての審議はすすむ。
しかしまた、誰かの声がする。

「頼もう、頼もう!」
「何奴じゃ?」
真実俳句審議会のメンバーは腰を浮かせ気味に山門のほうを見た。< /p

「やあやあ、我こそは谷口智行と阪西敦子!『俳コレ』に収録されし、気鋭の俳人なりぃ!今宵は我が自信作を持って参った!じじいども、こんなさびれた寺でぼそぼそ議論などして何がわかる、本当の青春性を見るがいい!」

谷口智行、阪西敦子はそういうと、古寺に入り、短冊を投げてよこした。

指を嗅ぐ少年蝶を放ちしか   谷口智行
少年のやうに落ちたる雪しづり   阪西敦子

「なんという…今度は男女二人連れですぞ…いずれにしろ少年とか言ってる時点で審査に耐えるものではなかろう、去れ!」一同色めき立ったが長老の御中虫が一言、

「待て!あへてラストワードの【少年】をひっさげてきたからには相当の自信のある証拠!タダものではないとみた。どれ、一句ごとに鑑賞しようではないか」

「は、長老さまがそうおっしゃるのでしたら」
一同は車座になって一句ずつ鑑賞していった。

「一句目…これはまた耽美な句…しかし作者が見たのは【指を嗅ぐ少年】であって、【蝶】を放つところは想像でしかない、しかしきっとそうなのだろう、そうあってほしいと思わせる一句。少年の端正な横顔までまざまざと眼に浮かぶようだ…」

「二句目…不思議な句じゃ。【雪しづり】は雪がすべりおちるさまだが、それが【少年のやうに】落ちるとは、どういうことぞ?これまた、現実離れした妖精のごとき少年を思わせる…体重があるのかないのかもわからぬ、肌の白い少年がどこかからすべりおちる。もしやそのような神話でも下敷きにしてをるのかもしれぬな…うむ、やはり【少年】と言う語がくると句は一気に耽美性を帯びる」

一同は唸った。その時、
「だがな、智行、敦子!」
長老はシュと立ちあがると、さけんだ!

「一句目!やはりおまへは【少年】という語に翻弄されし者!なぜ【蝶】を想起してしまったのぢぁ?【少年】のなかに【蝶】のもつ耽美性は既に含まれてゐるといふことがなぜわからなかったのぢぁ?斯様に【少年】は扱いの難しい単語、おまへはまだそれを扱えるレベルに達してはをらん!」

「二句目!おまへはさきほどの句よりは【少年】の扱いがうまい。【雪しづり】と合わせたのはうまい。だがな、【落ちたる】がいまひとつ!突然ここで重くなった!もうここまできては、『滑らせ』まで言ってしまったほうが逆によかったんではないのか?え、どうなんだ、敦子に智行??」

一同声もなく、「は…」
谷口智行と阪西敦子は山門を去った。

さて、青春性についての審議はすすむ。
しかしまた、誰かの声がする。

「頼もう、頼もう!」
「何奴じゃ?」
真実俳句審議会のメンバーは腰を浮かせ気味に山門のほうを見た。< /p

「やあやあ、我こそは津久井健之!『俳コレ』に収録されし、気鋭の俳人なりぃ!今宵は我が自信作を持って参った!じじいども、こんなさびれた寺でぼそぼそ議論などして何がわかる、本当の青春性を見るがいい!」

津久井健之はそういうと、古寺に入り、短冊を投げてよこした。

うすき虹ひびかせてゐる音叉かな   津久井健之

「なんという…今度は一句のみか…しかしもう夜明けぞ、去れ!」一同色めき立ったが長老の御中虫が一言、

「待て!たった一句で勝負に挑んできたとはタダものではないとみた。どれ、夜が明けきる前に鑑賞しようではないか」

「は、長老さまがそうおっしゃるのでしたら」
一同は車座になって最後の一句を鑑賞した。

「おお、これは…単純にして清澄…けふ最後の句にふさわしき風格がありますな。虹を音叉がひびかせるとは、いかにも、いかにも若くあらねば言えぬこと。老人のかたい頭では出てこない詩的風景ですな」

一同は唸った。その時、
「だがな、健之!」
長老はシュと立ちあがると、さけんだ!

「この句、まことに佳い!しかし玉に瑕といふ言葉だうり、非常におしいところがある!それは【ひびかせて】の仮名遣いだ!ここは【ひゞかせてゐる】としたほうが断然よかったろうに!なぜならそのあと【音叉】がくるからだ!音叉のあの微振動のさまが、ゞをもちゐることで、にわかにビジュアル化されたであろう!おしいことだ、去れ!」
一同声もなく、「は…」
津久井健之は山門を去った。

「おお、夜がしらじらと明けてまいりましたな…今宵は多くの来客の対応でなかなか議論もすすまなんでしたが、そのかわりによい勉強をいたしました。あの『俳コレ』とかいう書物をすぐにも買い求め…」

「ならん!」
御中虫は憮然として怒鳴った。

「なぜならこのあたしが収録されてねーからだよ!さあもう朝だ、みんな散れ!!」
「は…」
こうして真実俳句審議会の長い夜は終わるのだった。

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執筆者紹介

  • 御中虫(おなか・むし)

1979年8月13日大阪生。京都市立芸術大学美術学部中退。
第3回芝不器男俳句新人賞受賞。平成万葉千人一首グランプリ受賞。
第14回毎日新聞俳句大賞小川軽舟選入選。第2回北斗賞佳作入選。第19回西東
三鬼賞秀逸入選。文学の森俳句界賞受賞。第14回尾崎放哉賞入選。

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One Response to “赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第7回)        ~真実俳句審議会~ / 御中虫”


  1. 2012年5月27日 : spica - 俳句ウェブマガジン -
    on 5月 27th, 2012
    @

    […] 上がる長老の御中虫。今回は小野あらたがことのほか愛されている。 http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-04-20-8015.html 御中虫10句選の中より選ぶとすれば 少年のやうに落ちたる雪しづ […]

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