超戦後俳句史を読む  序説 ―― 『新撰』世代の時代:⑨    / 筑紫磐井

関悦史と御中虫

前回述べた神野紗希、佐藤文香、山口優夢の延長で言えば、関悦史の代表句は、

地下道を布団引きずる男かな
  WTCビル崩落
かの至高見てゐし時の虫の声
人類に空爆のある雑煮かな

と、なるであろうが、神野、佐藤、山口の俳句甲子園時代の代表句と違うことは、既に関悦史の俳句はここから始まっており、あえてこれらの作品を否定する必要がないと言うことではないか。それは何も年齢の差ではなくて、作品そのものの質の差だと思う。関の作品集『六十億本の回転する曲がつた棒』を見る限り、難解な昔風の前衛俳句・新興俳句に通じるものから、介護を詠んだリアリズム風の作品、そして諧謔を交えた作品と多岐にわたる。ごった煮鍋と言ってもよい。先に述べた、「漂流する世代」の一人と考えている理由である。永遠のライバルである冨田拓也と全く違うのは、冨田が愚直なまでにスタイルを固持するのに対して、関は予想外の展開をする。その典型が、震災俳句として詠まれた、

激震中ラジオが「明日は暖か」と
セシウムもその辺にゐる花見かな
積まれゐて安さ不気味なレタスを買ふ
夏の草ストロンチウムは骨に入る
足尾・水俣・福島に山滴れる

の震災俳句であろう。これらの震災俳句に対して高山れおなの評は厳しいが(「詩客」日めくり詩歌(2012/03/08))、私は、震災俳句に対する正論は、関東大震災に遭遇したとき俳句で震災を詠んではいけないと指導し、その理由を、ろくな俳句が出来るはずがないからといった虚子だと思う。これこそが正論である。そして、この堂々たる正論に対決するのは、長谷川櫂の『震災句集』などではなく(むしろ『震災歌集』こそ多くの俳人たちにとって衝撃的であったようだ)、関悦史の「うるはしき日々」なのではないかと思う。例えば、皆が期待しているほどここに茶化しはない。茶化しでは虚子のサンクチュアリを出ることができない、もっと素朴な中に不気味さが生まれてこそ詠む価値があると言うものだ。どうやら関の句はその域に達してしまっているようなのだ。東電を責めているわけでもない、政府を責めているわけでもない。空爆を受けているテヘランの市民のように体を震わせている(揺れている)だけなのだ。いやそもそも、関にとって、震災と日頃の生活の困窮とどちらが辛いかを誰も聞いていないではないか。3月11日に落ちた屋根の下敷きになって死ぬ確率と、物資が途絶えて餓死する可能性と、彼においては数字の上で示されるだけである。不幸という意味では、あの大震災は、日常生活の不安と比較しても相対化されている。

(こんな記事を書いている内(4月30日)に、関の句集が今年の田中裕明賞を受賞したと速報が入った。関の句集は宗左近賞の対象となり著者面前の公開討論に曝されて、討議の結果落選となったが、その直後田中裕明賞受賞の連絡があり、落選慰労会の場が一転入賞祝賀会に代わったという(以上ツィッター情報を総合。間違いがあるかも知れない)らしい。いかにも両賞の選考経緯をよく現わしている。田中裕明賞は第1回が俳人協会新人賞を取り洩らした高柳克弘、昨年第2回が該当者なし、今年が第3回である。ふさわしい賞であり、慶賀に堪えない。)

 ところでそうこうしているうちに、関の句集の妹ができた。御中虫の『関揺れる』である。これは兄貴分の関(の肉体)を詠むが、かといって関の「うるはしき日々」に対決しようと言う意図はなく、むしろ長谷川櫂の『震災句集』に対決しようとしている。それはあとがきに縷々書いてあるから間違いない。しかし、よく読んでみるとこの試みは失敗していると思った。御中虫が対決し得たのは、長谷川櫂の『震災句集』ではなく、むしろ『震災歌集』であったのだ。あの驚くべき歌集のあとにこそ、読むにあたいする震災句集として御中虫の『関揺れる』がある。

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執筆者紹介

  • 筑紫磐井(つくし・ばんせい)

1950年、東京生まれ。「豈」発行人。句集に『筑紫磐井集』、評論集に『定型詩学の原理』など。あとのもろもろは省略。

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