赤い新撰 「このあたしをさしおいた100句」(第8回)            ~十俣遠呂知とまたのをろち (此様に如何様にも切れます) ~ / 御中虫

御中虫尊(おなかむしのみこと)は天(あめ)より降(くだ)って、いつもの國<※要出典>の川上に到った。その時川上で泣き声が聞こえた。声の方を尋ね行くと、ひとりの老公(おきな)と老婆(おみな)がいて、中間(なか)にひとりの少女(おとめ)を置き撫でながら泣いていた。

御中虫が問いて「汝等は誰ぞ。何ぞ如此は哭く」と尋ねると、「我は是れ一介の俳人。近年『葉居古礼』なる書物を出版して諸事を鬻ぐ。この童女(おとめ)は是れ我が子也。切字姫(きれあざひめ)ともうす。哭く所以は、往時我が子は十箇(とたり)の少女有りしを、年ごとに十岐大蛇(とまたのをろち)の呑む所といたす。今、この少童まさに呑まるるに臨み脱免(まぬか)るる由無し。故以ちて哀傷(かなし)む。十岐大蛇、日頃より俳句を食みその消化不良の為、切字を好みて呑むが、またそれゆゑに自らに多数切れの急所ありて、外からの一太刀には弱く或れども、我らにその太刀無しければ。」と答えた。

御中虫は勅して「若し然らば、汝、まさに葉居古礼特別篇を以ちて我を収録せんや」と求めると、「勅の隨(まにま)に」と答えた。そこで御中虫は立ち化し、十しおおりに醸した酒を作らせ、佐受枳(さづき)を十面作らせ、各1つずつ槽(さかふね)を置き、酒を盛らして待った。

時が過ぎ、果たして十岐大蛇が現れた。頭と尾はそれぞれ十ずつあり、眼は赤い酸漿のようであった。松や柏が背中に生えていて、十の丘、十の谷の間に延びていた。酒を飲まんとして、頭を各一つの槽に入れて飲み、酔って睡った。

そこで御中虫尊は所帯(はか)せる十握劒(とつかのつるぎ)を拔いて、寸(ずたずた)に十岐大蛇を斬った。

…と思ったら、あれっ…??

全く切れないではありませんか!
御中虫不審がりてよくよく大蛇の首を見るに各各に一書(あるふみ)あり。
さう、まうおわかりですね。
十岐大蛇はこんなこともあろうかと、自分の首に俳句を一句ずつ護符として貼りつけてゐたのである。
「チクショーまた書評の設定コントかよ!!出だし微妙におかしいよねって思ってたけどっつか、まあ知ってたけど!!知ってたけどここでキレろと脚本に書いてあるから一応キレとくぜあたしプロやし!!」
御中虫はプロだったら言ってはいけないことを言いながら一旦振り上げた劒を降ろして、一番端の大蛇の首に書いてある一書を読んだ。

からすうりつらなり咲きて意味に似る 小林千史

「ふむ、これを切れとな…?普通にかんがへてあたしはさっき【からすうり】で切ったんだよね。でも切れなかった。なぜ?…そうか、意味か…切れとは文法構造のみならず、意味をも含めて考えて始めて<切れ>がうまれる…その基本を忘れてゐたわ、うっかりしてゐた…この句、【からすうりつらなり咲きて】まで切っちゃダメなんだよね、意味的に。意味意味言ってるけど、そう、最後の【意味に似る】まで、【つながり咲きて】の【て】がゆるやかにつなげてゐる、じゃあどこで切ればいいの!?だいたいなー【からすうり】【つらなり】と【り攻め】してきたのは美しいが、その後なんだよ、【咲きて】って、かてえよ、がちがちやんけ、音が。あとの【意味に似る】も音がやわらかい、だからこの【咲きて】がせめて『咲いて』だったらば、するすると最後まで読みやすかったのに、間抜けなんだよな!こーゆー句は、ななめ切りがふさわしいっ!」

御中虫はそういうと十握劒を拔いて大蛇の首を【咲きて】のところでななめ切りにした。ばさり。

「次の首、行くぞ!」

草の花けふはなんにもしなくてよし 林 雅樹 

「ほほう、またまたえらくかわいらしい句だな…ひねて言うなら最後の【よし】で切れてゐるとも見れるが、ここはもう少し素直に切ろう、しかしな!言っておくが、この句めっちゃ切りやすいが、切れやすかったらええっちゅうもんとちゃうでーー!!ここまで簡単に切れてしまうといふことは、それだけ一句のことばのつながりが弱いということでもあるのだ、季語で切れるなんぞ、一番無難でかつ一番危険なんや、そんな句は、小口切りがふさわしいっ!」

御中虫はそういうと十握劒を拔いて大蛇の首を【草の花】のところで小口切りにした。チョン。

「次の首!」

コスモスに次から次へ風が吹く 松本てふこ

「これまた切りにくい句だな…まあ普通には【コスモスに】でいったん切っていいよね。中七下五は切れないし。でもなあ…この中七の意味が問題なんじゃないか?【次から次へ】風が吹くその先にあるのは【コスモス】なんだよね。まあ土台コスモスと風なんつー凡庸なとり合わせを平気で書けてしまふ、てふこの脳内にもコスモスが咲いてゐるとしかおもへないがな!ハッ!とにかくこういう句はだなー、乱切りがふさわしいっ!」

御中虫はそういうと十握劒を拔いて大蛇の首を【コスモスに】【次から】【次へ】【風が吹く】と乱切りにした。ばらばらばら。

「次の首!」


秋の暮カレーに膜の張りにけり 小野あらた

「ふうむ、【秋の暮】でいったん切るか…最後に【けり】も来てゐるな。あたしゃ前も言ったが、こーゆーのをけりかな族といって内心いかがなものかと思ってゐるのだ。まあわかりますよ、あたしだってけりもかなもつかいますよ、でもねへ芭蕉は四十七文字すべてが切れ字だと言ってゐた!このアグレッシブな精神リメンバー!!なんでもかんでもさいごにけりかないわないでほしいな、それと秋の暮とカレーはつきすぎだよあらたくん、でも一応上五で切ってあるから多めにみやふ、最初と最後にキレがあるこんな句は…桂剥きがふさわしいっ!」

御中虫はそういうと十握劒を拔いて大蛇の首を桂剥きにした。しゅるしゅるしゅるしゅる。

「次の首!」

姿見の後ろに枯野広ごれり 矢口 晃

「出た、【枯野】!俳人なら一度は使ってしまふといふ、【枯野】!一般人なら絶対一生使わないし使いたくもないはずの言葉、【枯野】!…いやいや、今回は季語の話ではない、切れだよ切れ、この句どこで切れますかね?最後の【り】?でもなんかちょっとあやしい、ちょっとまってくれたまへ読者諸賢、この句の意味をかんがへなくてはならん…姿見の後ろに広がってるわけねーだろ枯野!ということはつまり心象風景かなにかですねへ?然し姿見は、きっと現実世界のものであろう。なんでって言われたらこまるが、そうじゃないと枯野が後ろに広がってゐる意味がないじゃん!ということはあたしは意味的に、あへて、ここで切る。現実と心象世界の間という意味で!いでよ、隠し包丁!」

御中虫はそういうと十握劒を拔いて大蛇の首の【姿見の後ろ】のところに隠し包丁を入れた。すうっ。

「次の首!」

最果てに雨のかたちのかたつむり 山下つばさ

「あーあたしこのひとの句、苦手なんだよねえ…つねに宙に浮いてる感じで。今回のもそうだよね、まあいい先に切れる場所をさがそうえーとやっぱりこれも上五かしら?つか俳句って構造的に上五で切れるやうになってる?もしかしてこれ真理?でもそこを崩すのが粋ってもんじゃねえのかいお嬢さん!で、マア句意をとるとだな、これはひとつながりに見える。見えるがしかし、別角度から言うなら【最果てに雨の】までは音韻がばらばらで、【かたちの】【かたつむり】のK音で調子をとってゐるのだよね。だからおしい、【雨の】がAという母音で始まってしまふことが非常におしいんだ、意味は変になっちゃうんだけどたとへばな『最果てに寒いかたちのかたつむり』とか『最果てに亀のかたちのかたつむり』とかだとまあ意味はさてをき語呂は非常によくなるんだよ、そして切れやすくなる。こういう句、どこで切るかねへ…ちょっと大技に切り替えるか、でやっ!佐々木小次郎燕返し!」

御中虫はそういうと十握劒を拔いて大蛇の首を燕返しで一太刀。バシャアッ。あとには【最果てに】【雨の】【かたちのかたつむり】が累累と。

「次の首!」

アトリエのカーテンは無地夜の秋 望月周

「なんだかだらだらした句だなオイ!中七のあとで切れてるのはまあ文法的には見え見えだけど、文学的に【アトリエのカーテンは無地】と【夜の秋】は、つきすぎてて切れてない。技法も無難、内容も無難、季語持ってきたらそこで切れが生まれるとか安直に思うなよ!内容がこんなにだらけてゐては、斬る気すらおきないな…こんなときはえーっと…眠狂四郎円月殺法!」

御中虫はそういうと十握劒を拔いて大蛇の首を円月殺法でシュッ。あとには【アトリエのカーテンも夜の秋も 無地】が…って、切れてないうえに改竄してますやんか虫さーん!うるせー改良してやったんだよ!ちなみに余白のところが切れ字ね!

「次の首!」

ヒヤシンスしあわせがどうしても要る 福田若之

「きやがれ若之!てめーの句なんざ一刀両断してくれるわ!…って、読みもしないで言ったらだめですねへ、見ます。ふむ。名句ではありませぬか。毎度毎度名句ばっか出してきやがってこのー!!いえいえ、今回はさういうあれではなく、切れの問題について考える回なのです。またこれも見事に上五で切れますね。しかし句意をかんがへれば、中七下五につなげないといけないんであって、しかも彼のえらいところは音韻的にも【ヒヤシンス】の【シ】、【しあわせ】の【し】、【どうしても】の【し】と、こう、si音できれいにつなげてゐるところです、ここ見逃せませんよ、切れの問題が斯くも音韻の問題と関係するとはなかなかみなさん気づいてゐなひのではなひですか?といふわけでこの句は、…伊東一刀斎一刀流金翅鳥王剣!」

御中虫はそういうと十握劒を拔いて大蛇の首を金翅鳥王剣で一太刀。キェエエエエエイィッ。あとには【ヒヤ】【シンス】【しあわせがどう】【しても要る】が累累と…ってもうこれ、切れの問題を超越してゐませんか?虫さん。「うるさいうるさい!あたしがこうと思ったらこうなんだよ、声に出して読んでみりゃわかるってば!!」

「次の首!」

水を水と思はぬ魚や秋の雨 依光陽子 

「わお、なんだかさっきの切れ音韻節に非常にふさわしい句が来ましたねへ!偶然ですけど!【水を水と】の反復音、【思はぬ魚や秋の雨】の母音の羅列。非常になめらかです。まあ、この句は【や】といふ切れ字の王様みたいのが入ってるんで、素直にそこで切るのがベストでありませうが、虫の発明した(イヤ知らん、これって常識なのかもしんないけど虫は知らなかった)音韻で切る、といふのをもいちどためしてみませうぞ!あ、ちなみにこの句はかなり好きだ、でやっ!!神道無念流竜尾返し!(※これは新選組隊士永倉新八の得意技である!本文とは何の関係もない豆知識だよ!)」
御中虫はそういうと十握劒を拔いて大蛇の首を竜尾返しで一太刀。ズサアアァアアアッ。あとには【水を水】【と思わぬ魚や秋の雨】がゴロリ。変な切り方ばっかりしてませんか?虫さん…。
と、かちん。
硬い音がして、劒を見れば刃が少し欠けてしまっていた。
「しまった、ちょっと無茶切りをしすぎたせいか…これでは最後の句を切れぬおそれがある…しかし、なんとかやってみよう」

「最後の首!」

くり返すイソノカツオの夏休み 岡野泰輔

「うわあ…こんな句がきたか…いや、確かに【イソノカツオ】は【夏休み】を【くり返】してゐる。夏休みだけでなく彼は、あるいはあの一家は、ネバーエンディング日常永遠を駆ける一家…これも文法的にはきっと上五で切るんだよね、で、中七下五と流れる…でもこの句、<あの><イソノカツオ>だぜ?まるでこの句自体がループしてゐるやうなそんな錯覚さえ…ええい、ままよ!秘儀!虫虫流竹光殺法!」

御中虫はそういうと十握劒を拔いて…否、それはもう使い物にならないので竹光を取り出し、大蛇の首を竹光殺法で一太刀。ぐにゅる。

「んあ?」

一首になった大蛇は、その一突きが仇となり、目覚めてしまった!

もうこうなったらどうしようもない。御中虫は、

「なっ、なんて中途半端なことすんだテメー!やるなら最後までヤレーーーー!!」

という老公と老婆の罵声を背に、

「無念流、不敗位!不敗位!」と言いながらその場を全力で走り去った。※不敗位の意味を知りたい人はググってください。

やがて。
一人かの地へ辿りつきし御中虫尊は、ふぅ。とため息をつくと、

葉居古礼仁。伊豆毛葉居礼津。津間乱奈句。葉居古礼袁岐婁。曾能葉居古礼袁。
(俳コレに いつも入れづ つまらなく 俳コレを斬る その俳コレを)

と詠んだ。

 

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執筆者紹介

  • 御中虫(おなか・むし)

1979年8月13日大阪生。京都市立芸術大学美術学部中退。
第3回芝不器男俳句新人賞受賞。平成万葉千人一首グランプリ受賞。
第14回毎日新聞俳句大賞小川軽舟選入選。第2回北斗賞佳作入選。第19回西東
三鬼賞秀逸入選。文学の森俳句界賞受賞。第14回尾崎放哉賞入選。

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  1. 2012年5月28日 : spica - 俳句ウェブマガジン -
    on 5月 28th, 2012
    @

    […] と「斬れ」のダジャレ。主人公は御中虫尊(おなかむしのみこと)。 http://shiika.sakura.ne.jp/haiku/hai-colle/2012-04-27-8350.html 御中虫10句選の中より選ぶとすれば ヒヤシンスしあわせがどうし […]

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