超戦後俳句史を読む  序説 ―― 『新撰』世代の時代:⑧    / 筑紫磐井

愛唱する句と時代を超えた句

今回は俳句甲子園で活躍した神野紗希、佐藤文香、山口優夢の3人を例にとって彼らの若書き俳句の意味を考えてみよう。

例えば彼らの俳句甲子園時代の句は今でもしばしば彼らを紹介するときに言及されている。

カンバスの余白八月十五日 神野紗季(第四回俳句甲子園最優秀賞)
起立礼着席青葉風過ぎた  同(第四回俳句甲子園決勝戦)
夕立の一粒源氏物語    佐藤文香(第五回俳句甲子園最優秀賞)
小鳥来る三億年の地層かな 山口優夢(第六回俳句甲子園最優秀賞)

高校生の作品として決して悪くはないだろうし、こうして語り伝えられる俳句を持つことは幸福であろう。しかし、彼らが自立した作家となるときにこれらの句はどのように語られるかは現在想像することは相当難しいはずだ。十代の作品が、青年時代、老年時代にまで語られると言うことはつらいものがある。

さらにこれらの句の取り扱いについて、作者それぞれの態度も相当異なっているようだ。最初に本格的な句集を上梓した佐藤は、自らの第一句集『海藻標本』(平成20年23歳)の中から掲出句を削除してしまっている。とはいえ、却って削除しているだけに、それが言及される可能性がむしろ高く、削除したこと=言及されないこと、となっていないところが極めて戦略的である。またこの句集のあとに『新撰21』は出されたが、いったん『海藻標本』を解体して新しい選集として再編し直していることからも、現在の佐藤の水準をどの本で評価するかは難しいように思われる。もちろんこれは難しいからだめだと言うのではなく、佐藤は読者に挑戦している、その挑戦に読者側がうまくこたえられるか、というスリリングな作者になっていると言うことである。だから常に脱皮し続ける作者として自分を位置付け、いわば前世の語りとして、自分でなく他人に語ってもらう句として掲出の句が生きてくる。確かにこれは一つの正解であろう。

山口の場合は角川俳句賞受賞という幸運に恵まれたが、佐藤のような戦略性は少ない。第一句集『残像』(平成23年26歳)の中に、冒頭でも巻尾でもなく、目立たない場所にさりげなくおさめられている。ただ句集を解体して再編し直している点では佐藤とよく似ている。しかし、完結した句集と選集の順番が佐藤とは異なるところが問題をややこしくしている。佐藤の場合は明らかに独立した句集が先にあり、それに対する戯れのように『新撰21』は位置づけられるであろう。もちろん遊びというのではないが、余裕のある選集作りとなっている。山口の場合は、彼らを並べたショーウィンドーの『新撰21』が目立ちすぎ、新句集ではこれに何を付け加えられたかということを鵜の目鷹の目で眺められる苦しさがある。もちろん売りは末尾の角川賞受賞作品でも悪くはないが、若い作家の野心がそれだけではさびしい。最近、大手新聞社の地方支局へ派遣されたが、忙しいせいかもしれないが、佐藤や神野ほどの露出度が見られないのはこの世代としては不利となっている。

神野はまさに今月にも句集が上梓されることになるようだが、その時神野のよく知られた句がどのように扱われているかは非常に興味深い。選集と独立句集の関係は山口と似ているが、更に、神野は早々に第1句集『星の地図』を学生時代に上梓している(平成15年20歳)。もちろん掲出句の句が含まれている。瀟洒なミニ句集であるが、これを第1句集として勘定に入れるのかどうか。第1句集と『新撰21』と新句集と、うまく過去を乗り越えることが出来るかどうかは神野にとっても大事である。

恐らく最も先に足を踏み出したのは佐藤ではなかろうか、少女から脱皮している。神野は、『新撰21』を見る限りまだ少女を引きずっているようである。まあ、三十歳にもなる女性に対してこういう言い方は失礼かも知れないが、星野立子のように永遠に脱皮しない少女のような俳句も一つの理想かも知れないからご容赦いただきたい。次の句集が運命を決めるという意味で、最も重いのが神野だと言うことである。

彼ら三人を論じながら言いたかったのは、独立した作家として評価されるためには同時代同士の生ぬるい共感はむしろ排除されるべきだということだ。しかし一方で、俳句を継続する条件としてやはり同時代の共感を必要ともしている。孤の俳句と共同幻想の俳句、ーーー本連載の⑤の「読みと詠み」でも述べたように、俳句甲子園で育った彼らには、どちらかといえば前者の厳しい環境がこれから待っているだろう。その中で、定型を見切ったり、時代史を描ききった俳句に遭遇するとき、自ずと冒頭にあげた彼らの代表句は役割を果たし終えることになるのではないかと思う。

俳コレ
俳コレ

週刊俳句編
web shop 邑書林で買う

執筆者紹介

  • 筑紫磐井(つくし・ばんせい)

1950年、東京生まれ。「豈」発行人。句集に『筑紫磐井集』、評論集に『定型詩学の原理』など。あとのもろもろは省略。

タグ:

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress