『俳コレ』から   堺利彦

野口る理の言葉〔意識していること〕に触れて

『俳コレ』の作品については、すでに御中虫の刺激的な句評があるので、ここでは、『俳コレ』に入集した俳人の言葉の中から、特に気に入った野口る理の次の言葉について、僕が長年携わってきた「川柳」という文芸の立場に立った視線を通しての感想を述べてみたいと思う。

なにかの為になってしまわないように、「今」や「思い」を書くのではなく、「俳句」を作っていたい。………野口る理

野口る理のことばを分解すると、彼女は、「『俳句』を作っていたい」という志の根底に、次の3つの要素を前提として考えているように思われる。

(1)「なにかの為になってしまわないように」
(2)「『今』を書くのではなく」
(3)「『思い』を書くのではなく」

そこで、それぞれを項立てにして見ていくことにしよう。

(1) なにかの為になってしまわないように

かつて佐藤文香が、平成22年4月10日に開催された柳誌「バックストローク」の第三回BSおかやま川柳大会の選者として招待され、課題「もっと」の選評において語った「加えて、自分が選ぶときに大きな基準があることがわかりました。それは、その句がこの社会にどれだけ貢献しないか、ということです。」という言葉が思い出され、野口る理のことばと通底するものがあるように思えてならない。

ちなみに、このとき佐藤文香が選んだ川柳の秀句は次のようなものである。

天才の掌に鯛焼きを積み上げる  筒井祥文
もっと下もっと左が香ばしい   中山一新
縄いっぽんもっと殺風景になる  松原典子

また、この言葉に関連して、中村冨二が「あなたはなぜ川柳をやっているのですか」という意味の質問に対して、「いざというとき、何の役にも立たないからです。」というような趣旨の回答をしていたと頭の隅に記憶している。これなども、どこか、野口る理や佐藤文香の言葉と響きあうものがある。

ちなみに、中村冨二とは、俳句でいえば「前衛俳句」が盛んであった時代に対応する時期に、川柳では「革新川柳」と呼ばれる時代があって、関西の河野春三とともに関東の雄として活躍した人で、僕が好きな句に、次のようなものがある。

では私のシッポを振ってごらんにいれる  中村冨二
みんな去って 全身に降る味の素
帽子を脱ぐ 目と鼻が はらはら落ち

(2)「『今』を書くのではなく」

山村祐は、「川柳は話しことばを基盤に踏まえた口語を駆使して、口語発想による全く新しい詩境を開拓した。日本の伝統詩の中に、口語短詩の流れを初めて確立したことにその重要さがある。」と川柳の基本的な性格として<口語発想>を挙げている。この川柳の際立った特質である<口語発想>が意味するところは、結局のところ、たとえば、次の句にみられるように、時間的にはまさに<現在性>というイメージで創くられている。

まなうらにいくにんひとをためている  渡辺和尾
体内のさびしい炎売り歩く       田中博造
今 嘘を書けばきのうも嘘になる    八木千代

俳句とは、<現在>に拘泥せずに、もっと深遠な<永久>というものまでをも見通しているのではなかろうか。

(3)「『思い』を書くのではなく」

ところで、明治以降の近代川柳の表現は、文学における自然主義などの影響を受け、「個」を根源とする自己表出としての<思い>の表白に《価値》を置き、それこそが川柳の奔流であるとして数ある<川柳性>の中の一つの自己規定を形作ってきた。その流れは、女性柳人による赤裸々な「情念」の世界を展開したいわゆる<情念川柳>をもって、その臨界点とみることができよう。

凶暴な愛が欲しいの煙突よ    時実新子
男来てどっと淋しさ置いてゆく  森中恵美子
手鏡の深いところで人を断ち   前田芙巳代

かくて、川柳近代化百年の歴史は、一つには、作者の<思い>を書くという矮小化された私川柳の観念句によって飽和状態を迎えたといっても過言ではなかろう。そうした近代を潜り抜けた「私」にとって、体制側から見た道徳的な《共感》に回収されることのない批評性を持ち、表現主体としての独自の視点を通して語られる《ことば》の時代に入ったというのが、ここ20年ほどの川柳の新たな動きではないかとみている。

一方、野口る理の決意は、どこかで秋元不死男の「俳句もの説」に一脈通じるものがあるように思えてならない。

俳コレ
俳コレ

週刊俳句編
web shop 邑書林で買う

執筆者紹介

  • 堺利彦(さかいとしひこ)

昭和22年、北海道生まれ。昭和40年、川柳雑誌「さいたま」入会、清水美江に師事。
著書に『川柳解体新書』ほか、共編著に『現代川柳ハンドブック』、『川柳総合大事典』。

タグ:

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress