超戦後俳句史を読む 本編― 『新撰』世代の時代 ② 御中虫 /筑紫磐井

御中虫

第2回芝不器男俳句新人賞に御中虫は応募して予選作品に選ばれている。この頃から注目される存在だった。芝不器男俳句新人賞のプロモーターであった西村我尼吾は初期から御中虫に注目していた一人であり、今になってみると慧眼をもっていた男であった。実は第2回芝不器男賞の予選通過者として、『新撰21』の人選でも候補に挙がっていた。細かい議論は思い出せないが、十分検討に値する作家であった。

『俳コレ』の書評を御中虫に最初依頼したとき、未だ十分それを読んでいないと躊躇していた。だから同時代作品にどれほど深い関心があったかどうかはあまりよくは分からない。「このあたしをさしおいた100句」の第1回に登場する作家たちは比較的御中虫にとっては関心が深い作家であったのではないかと思う。それ以外の作家は、この批評執筆が始まってから読み始めているのではないか。

御中虫にとっては、書くという行為が始まることにより、読むことが始まっているようにも思う。「このあたしをさしおいた100句」の多様な文体模倣は、俳句以上に魅力的である。例えば、以前、スピカに連載された「家の中」は自作の解説・鑑賞であるが、作家の御中虫と飼われている兎の対話により具体的な制作動機やその成功・不成功が論じられている。10回にわたる鑑賞を読むとき、そこに描かれている主人公御中虫と、作者の代理をする兎との関係がまことに面白い。批判される対象としての自分の御中虫と、それを皮肉に眺める兎は、実は同じ御中虫である。狂態を繰り広げる飼い主の御中虫を、兎の目を通して御中虫は叙述し、批判している。これは全く、夏目漱石の『吾輩は猫である』の構図である。兎の視点はまことに的確であり、『吾輩は猫である』の完璧な図式化に成功している。

しかし、「このあたしをさしおいた100句」はこの兎の視点が退却して、狂態を繰り広げる御中虫だけが浮き出てくる。が、この狂態、どこかで見た記憶がある。

「獺祭書屋俳話」の成功の後、日本新聞社に入社した子規は、翌明治26年夏、「奥の細道」をたどる東北旅行を行い、地方俳人と会って回ったが、彼らは俳諧の話をしてもとうてい聞き分けることも出来ず、そのくせ小生の年若きを見ておおいに軽蔑していると不平を漏らしている。この年の一〇月一二日は芭蕉没後二百年忌にあたり、宗匠たちがおおいに活躍した年でもあったのだ。この旅からかえった子規は「芭蕉翁の一驚」を11月6日の「日本」に掲載している。200年忌で廟や石碑が建てられデモ宗匠たちが騒いでいるのに芭蕉翁が激怒するという筋で、学生時代の狂文の延長だ。ただ、ここで抱いた怒りは、その後、27回にわたり「芭蕉雑談」として連載される。だから世に知られた芭蕉の句(<古池や蛙とびこむ水の音><辛崎の松は花よりおぼろにて><枯枝に烏のとまりけり秋の暮>など)を「悪句」として列挙し、徹底した批判を行い、「芭蕉を文学者とし俳句を文学としこれを評するに文学的眼孔をもつてせば則ちかくのごときのみ」と答えている。

 つい先日の『俳コレ』書評【このあたしをさしおいた100句】第9回「~~虫の細道虫栗毛~」で怪しげな芭蕉が登場するがついつい、子規の「芭蕉翁の一驚」を思い出さずにはいられなかった。

創造の前には常に破壊がある。徹底的な破壊がなければ新しい創造も起こらないとすれば、御中虫の役割はおのずと明らかであろう。

先日、田中裕明賞の選考が行われ、関悦史が選ばれた。候補作は、御中虫『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』、前北かおる『ラフマニノフ』、山口優夢『残像』、中本真人『庭燎』、青山茂根『BABYLON』、押野裕『雲の座』、関悦史『六十億本の回転する曲がつた棒』。得点は、関8点、御中虫七7、山口5点、前北2点、青山1点、中本1点ということで、緊迫した選考であったらしい。それぞれの選句御委員が推薦した作家を上げると、

石田郷子は山口、御中虫、青山、
小川軽舟は関、山口、御中虫
岸本尚毅は関、御中虫
四ッ谷龍は関、前北、御中虫

何と全員が御中虫をあげているではないか。平均偏差値を求めたら、御中虫が一番高いと言うことになるのではないか。いかに御中虫をひいきしていてもこれはちょっと予想外の結果である。御中虫を好む人は熱狂的に一部の人であり、等しく皆から愛されると言う作風ではないと思っていたからだ。「皆に愛される御中虫」とは、ちょっと洒落にならない感じがする。

御中虫はしばらく俳句活動を休止するという。休止するといいながら、その直前に精力的に俳句作品や文章を書いていたから、しばらく休止した痕跡が見えないかも知れない。そのうち、休止から復活すれば、一体いつ休止していたかわからなくなってしまうこともあるであろう。休止もそんなエピソードとして語れるようになれば面白いのだが。

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