戦後俳句を読む(19 – 1)三橋敏雄の句 【テーマ:『眞神』を誤読する】①/ 北川美美

テーマ:『眞神』を誤読する

テーマ解説

遠山陽子さんの個人季刊誌『弦』が年賀便として届いた。敏雄辞世句「山に金太郎野に金次郎予は昼寝」が中扉を飾り、評伝「したたかなダンディズム 三橋敏雄」が完結(全35回)となり満9年の発行を一旦終刊させた。「敏雄の生誕から没年までの軌跡を辿ることが目的だったので、『弦』も一区切りとしたい。」ということをご本人から伺った。敏雄最期の句会参加となった2001年「面」忘年句会での高得点句作者4名へ後に辞世句となった揮亳された色紙が手渡された様子も掲載されている。

「したたかなダンディズム」のタイトル命名に最期まで師を見守り続けた遠山氏の女心を感じていたが、敏雄の作品の上での「したたかさ」は『眞神』つづく『鷓鴣』に顕著に現れているのではないかと思っている。

『眞神』により敏雄はコアファンを獲得し、芭蕉、子規が時代の中で俳句を確立していった作品群と対等に置かれ、まさに敏雄自身の俳句様式の確立でもあった。現在も多くのファンの経典になっている。敏雄は『疊の上』にて蛇笏賞を受賞するが、やはり『眞神』がいい。モルトウィスキー、熟成された日本酒の香りが沁み入る洒脱さある。

ただ、『眞神』は至極難しい。アミ二ズム、シャーマニズム、父、母、胎児、さまざまな謎の主題が登場し輪廻転生の曼荼羅を巡っているような旅に読者を連れていく。「同行二人」遍路道を歩んでいるような不思議な世界がある。経典でありながら未だ読みこなせないのが『眞神』である。美酒であるが故に妙に男を意識させるのである。逆にそれは俳句が男の世界であることをも示唆しているようで女人禁制の山に感じることも確かである。

敏雄の句は直球の句意を持ちながらマニアックな読み方もできる句、時が経過し別の読みを発見できる楽しみがある。人生のさまざまな事象に遭遇した時、句が燦然と輝き、突然と解る時がある。それが運命的に短い俳句ならではの力ともいえる。

『眞神』が何故洒脱なのか、何故魅力的なのか。これから書き進めるものは『眞神』の「誤読」のひとつであることをはじめから白状しておこう。

本題

① 昭和衰へ馬の音する夕かな

無季句である。逆に有季とは何か。別れを示唆するメールに「いろいろ有ったけど」と凝縮された9文字の箇所があった。送信者は何故「有」と漢字を当てたのか。それは有季すなわち四季の移ろい、人の移ろいのことなのか、と思いを巡らせた。四季様々の天候があり、いろいろな事象が起こり、人はさまざまなことを感じ、地球の自転とともに歳をとる。それが有季の原点。敏雄の無季句にはその有季と同等の人の感覚に訴えるもの、読者との共通認識を詠み込ませる錬金術が潜んでいる。

「昭和衰へ」と突然時代への嘆きと思える上五で始まる冒頭句。時代を表現する「昭和」という時と「夕」という具体的な日没の時を告げる景の狭間に「馬の音」が聴こえる。『眞神』の時間軸の提起である。二つの時が織りなすものは、読者の立ち位置を「時空」へいざなう四次元的感覚を覚える。歴代元号として最長(64年、実質62年と14日)の「昭和」に何を感じるのかは読者により様々である。平成もすでに24年となった。「降る雪や明治は遠くなりにけり」の草田男と対極に、衰えながら今も「昭和」が息づいているように読めるのである。

自作ノート(『現代俳句全集四』1977)に因れば、「万葉集・巻十一」の「馬の音のとどともすれば松陰に出でてそ見つるけだし君かと」を遠望しているとある。そして敏雄の敬愛する渡辺白泉に「あゝ夜の松かと見れば馬の影」「遠い馬僕みてないた僕も泣いた」がある。朔太郎の『青猫』には死を象徴する「蒼ざめた馬」が登場し「私の「意志」を信じたいのだ。馬よ!」と叫んでいる。過去と現在を行き来させる使者として馬の音。時代に取り残された望郷へと読者を誘う。『眞神』プロローグにふさわしい「馬の音」である。

昭和が衰えた頃の馬の音について、全く角度を変えイメージを膨らませてみる。「秀和(しゅうわ)レジデンス」という1964年東京オリンピックの頃の高度成長期に分譲開始されたマンションが今も港区・目黒区周辺に点在する。「昭和(しょうわ)」を彷彿するビンテージ・マンションとして現在人気がある。そこに血の色のムスタング(Ford Mustang 1964アメリカ車。ムスタング=「野生馬」)がアイドリングをしながら夕日を浴びて停まっている。そのエンジン音をアイアン・バルコニー越しに聴きながら化粧を急ぐ女…。これも昭和に対する風俗的オマージュの風景でもある。

昭和暦で数え今年は昭和87年。五感を張り巡らせ『眞神』の旅をはじめたい。

戦後俳句を読む(19 – 1) 目次

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相馬遷子を通して戦後俳句史を読む(1)

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