戦後俳句を読む (10 – 1) ―「夏」を読む― 上田五千石の句 / しなだしん

山開きたる雲中にこころざす     五千石

第二句集『森林』所収。昭和四十九年作。

『森林』(*1)は、昭和四十四年より昭和五十三年まで、三十六歳から四十五歳までの作品254句を収録する第二句集。

前回、五千石は俳人協会新人賞受賞後スランプに陥り、その後ひとりで山歩きをはじめたことは書いた。掲句はちょうどその頃の作品で、山開きの句である。

ちなみに前述のスランプの影響はこの第二句集『森林』の前半に顕著で、たとえば昭和四十五年に残された句はわずかに8句で、この年には夏の句は一句も無い。

さて、五千石は著書 『俳句に大事な五つのこと 五千石俳句入門』(*2)の「自作を語る」の中で、掲句について次のように記している。

山麓に永らく住んでいながら富士山の「山開き」に参じたことがないのはいけない、と

発心して、この年から毎年七月一日浅間大社でのその神事に拝し、身の祓いを受けて

一番バスで登山することに決めたのです。

しばらくは単独、あるいは家妻同行でしたが、俳句の仲間、山の友達などが加わるように

なり、いまでは私の主宰誌「畦」の三大行事となり、登山バス三台が用意されるようにまで

なりました。

スランプ克服の山歩きは富士登頂に、単独行から仲間と連れ立ってのイベントに、曳いては結社の行事にまでなったという、五千石の初志貫徹の心を表すようなエピソードである。

なお、文章中の「いまでは」とは、この本の初版の刊行年から1990年(平成2年)のことになる。つまり、昭和四十九年からこの平成二年時点までに、16年富士登山が行われたことになる。

掲句の翌年、五千石は主宰誌「畦」を創刊する。仲間が増えることは嬉しいことだが、結社誌ともなれば、それに伴った責任も問われることになる。

この句の「雲中」は手探りの五千石の胸中、「こころざす」は、それでも一歩一歩進もうとする意志と読むことができる。


*1 『森林』 昭和五十三年十月十日 牧羊社刊

*2 『俳句に大事な五つのこと 五千石俳句入門』平成21年11月20日 角川グループパブリッシング刊

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