戦後俳句を読む(13-1)―テーマ:「冬」― 三橋敏雄の句 / 北川美美

こがらしや壁の中から藁がとぶ

冬が来る。突風がごうごうと凄まじく吹き渡り戸を叩く。何かが飛んでいく音がする。疾風の中に藁が混じって飛んでいくのである。土壁の中にある藁である。壁の中で粘土に混ぜられ埋め込まれている藁が飛ぶのだから通常ではありえない風景であり、超現実的(シュール)と言える句だと思った。街が荒野となり、心の荒び、あるいは叫びのようなものを感じる。

「凩・木枯」は、秋の末から冬の初めにかけて吹く、強く冷たい風のことである。木を吹き枯らすものの意味がある。東京・大阪限定として「木枯らし一号」「木枯らし二号」などの冬型の気圧配置になったことを示す気象用語でもあり、風速8m/s以上の北寄りの風であるらしい。枯葉を吹き散らし擂粉木のように木を丸裸にしてしまう風。

初めてこの句に接したとき、その発想、その創意に驚いた。時を経て、東日本大震災を契機とし、それは幻想ではなく、実景ではないかと思い始めた。北関東地区には蔵を多く持つ家が残存し、多くは土壁が剥がれ落ちる被災状態を目の当たりにする。剥落後の壁の中に確かに藁が埋め込まれている。考察するに江戸時代の藁だろうか。ドライハーブを越え植物のミイラである。壁の剥落を見ているうちに、同じような風景を敏雄も見たのではと思えてきた。句の制作年は終戦直後の昭和21年であり戦争の爪痕が激しく残っていた時代である。

土壁は、木舞(こまい)と呼ばれる竹と藁で編んだ格子状の枠組に粘土質の土と藁スサを混ぜたものを塗り込んでいく日本の伝統工法である。竹、土、そして藁という自然の素材は製品完成後も呼吸をしている。掲句の「壁」という一見無機質な言葉に隠れているのは、「土」という粘り気のある天然素材である。「土着」「土地」というように土の上に人が暮しているのである。掲句は、家、家族の崩壊とも読めなくない。以下の句もある。

しづかなり一家の壁の剥落は 『長濤』

前回でも触れた、昭和21年頃の敏雄の作品には古俳句の風格漂う句をみる(*1)。敏雄26歳の枯れぶりには驚くばかりである。新興俳句弾圧の二次的な傷が古俳諧に向かわせたのだろう。同年、敏雄は渡邊白泉、阿部青鞋との再会を喜び合い、歌仙(*2)を巻いている。白泉が檜年、青鞋が木庵、そして敏雄が雉尾という俳号である。句そのものも古俳諧の趣があり、江戸の華やかさに通じる終戦の解放感がある。同じ頃、三鬼との師弟関係、今後の俳句創作について混沌とした時を過ごしていた時期とも一致する。後の昭和23-26年の4年間、敏雄は作句を中断する。

冬の到来を告げる「こがらし」は淋しく凄まじい。山々が唸り、バケツが飛び梯子が倒れる音も、荒々しい命がそこにあるようだ。疾風とともに藁が飛びゆく音を壁の内側でひっそりと聞く人の吐息をも想像する。冬の眠りにつくものも何処かで息をしている。作句中断が敏雄における「冬の時代」ならば、その間も波の間で息をする敏雄がいる。


*1)昭和21-22年の終戦直後の作品は、三冊目の句集『青の中』に「先の鴉」と題し42句収録。上掲句は巻頭に置かれている。

*2)歌仙『谷目の巻』とし、「俳句研究」昭和22年4月号に発表。弾圧によりほぼ消滅していた句を収集し敏雄が編纂に尽力した『渡邊白泉全句集(沖積舎)』に収録。

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