東京は寝てしまひたるおでんかな 山口誓子
夜が更けて人や車がまばらになって街全体が寝静まっているような時間帯におでん屋を訪れたのだろう。仕事が終わらずに会社に残っていたのかもしれないし、飲んだ後に小腹が空いていたのかもしれない。そんな中おでん屋の主と話しながら、大根や玉子、ちくわなどを注文し、熱燗と一緒に楽しんでいる作中主体を思い浮かべた。中七の修辞が「おでん」にもゆるく掛かり、よく味のしみているおでんを想像させる。
おでん酒酌むや肝膽相照らし
おでん屋の時計一時に垂んと
おでん屋に夜な夜な繁く通ひけり
おでん屋の雨傘借りて戻りけり
見知り越しおでんの友と申さばや
『山口誓子全集 第一巻 俳句編(一)』に収録された「初學抄」にはおでんを読んだ作品が多い。酒を飲みながら親しく付き合っている人に相談したり、愚痴ったりしている一句目、気がつけば深夜まで飲んでいた二句目、店に行けば主や常連さんと会えるからこそ毎晩顔を出す三句目、突然降り出した雨に傘を借りられることから主との親密さが伺える四句目、あまり話したことのない常連さんとの不思議なつながりを詠んだ五句目。これらの作品はおでんそのものではなく、おでんを囲んだ人たちとの関係を対象にして形成しようとしていて作者のあたたかさが伝わってくる。