線路婦 文月悠光
おいで、わたしのこども。
ここにお前を泳がせている、
その理由はわたし自身にもわからない。
はじまりについて
語ることはできないけれど
からだはいっしんに道であり続けてきた。
わたしはお前の線路だった。
胎児のお前は知覚を許されぬまま、
母体の月日をその身に宿す。
子宮の暗闇はわたしの背を超えて
生あたたかく空へふくらんでいき、
この世界を包みはじめる。
血肉を集わせる前夜、
ここには星がまたたくだろう。
お前が星を指差せば
わたしの子宮が北へとかたむく。
ねじれゆく産道の途上で、かつてわたしと世界はもつれ合った。
一体となっていた。だが、産声が宇宙をつんざき光り渡っていく
と、世界はたちまちほどけてしまったので……。お前が遠くへ行
くための通り道として、ひとり立たされている。わたしを通って
目を覚まし、泣きながら呼吸するだろうお前よ、
送り出された日を忘れるな。
お行きよ、こども。
わたしの中にお前のすべてが
お前の周りにわたしのすべてが
息づく。
その胎動を今とらえたから。
示してごらん、
過ぎ去った光の
ひとつひとつを
お前の指で。