日めくり詩歌 自由詩 有働薫(2012/08/24)

「旅のいざなひ」  シャルル・ボードレール

わがこ児、わがいも妹、
夢に見よ、かの
国に行き、ふたりして住む心地よさ。
のどか長閑に愛し、
愛して死なむ。
君にさも似し かの国に。
かげ翳ろふ空に
うる潤みたる日は、
涙の露をつらぬ貫きて輝く 君の
心を洩らす
まなざし眼相の いと
神秘なる魅力あり、わがたましひ魂に。
 
かしこには、ただ ととのひ序次と 美と、
えいえう栄耀と しじま静寂と けらく快楽。

鈴木信太郎訳  岩波文庫『悪の華』(1961)より

「旅のいざなひ」全3連のうちの第1連です。最後の2行はルフランで、3つの連でくり返されています。かなりの分量のルビが振ってあり、それが前に出てし まっていますが、読むのに不都合はないのでこのままにしておきます。ボードレールを伝記的にざっとたどると、6歳で父を失い、翌年母が再婚。21歳で父の 遺産を相続するや放蕩生活に没入、この詩のヒロインの女優ジャンヌ・デュヴァルと以後14年に及ぶ愛憎関係をむすぶ。36歳で詩集『悪の華』初版を刊行するが、収録の作品はすでに20代の初めから書かれている。43歳、借金まみれの窮境を脱するべくベルギーへの講演旅行を試みる。45歳ベルギーの町ナ ミュールの教会で倒れ、言語機能が失われる。脳軟化症でパリの病院に入院、翌年8月46歳で死亡。

作品は惨たんたる人生の中から生みだ された。ボードレールほど《おとなの詩》を創造した詩人はないと思う。後続のランボーたちも輝きは劣らないにしても、ボードレールほどの犀利な詩性ではな い。46歳という生涯が信じられないほど知性が成熟している。そしてその後のたくさんの読み手の努力があって、今そのレベルの高さを感じ取ることができ る。

作曲家アンリ・デュパルクの作曲した「旅のいざなひ」をUチューブで聞くことができます。歌手は上の世代はパンゼラでしたが、私は スゼーで聴きます。第2連をはずし、第1連と第3連で構成されており、この詩の奥深い感情を繊細に追いながら哀しいほどの高みへいざないます。粟津則雄氏 によれば、ボードレールの没後3年目に《血の呼び声》ともいうべき詩的共感に促されて作曲され、フランス歌曲中の至高の作品とされています。デュパルクは その後詩人と同じ痴呆症を病み、作品数は僅かにとどまったとのことです。

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