ノープリウス   中家菜津子

0923

ノープリウス   中家菜津子

遡上する魚が目指す                            海鳴りを
干上がった水飲み場に                     産声として聞いていた
頼りない目薬の雫をおとすと                  九月の美術館の窓から
ノープリウスたちは
頭も腹も胸も                          幼生に刺された脚を
まだ分化されていない                          さすりつつ
透明な意識の                      ペットボトルの水ですすいだ
単眼を壊して                         
散策している

車窓を過ぎてゆく故郷のホームに                さびしさに与える眠り
水を飲み続ける影を置き去った                      海鳥の声に
あなたは帰らずに今は通り過ぎる                選ばれなかったひとの
魚が産卵のために
選ぶ死を見届けるのは
いかりとかなしみが
ちぎられる前の感情を                         乾涸びた蟹を
一艘の舟に                        左の縁にのせ浜にあるとき
古びた産声として                             舟は柩ね
載せたあと

生と生とを繋ぐ                         なめらかな海岸線を
生でしかないことの                       岬までなぞった指は
繰り返しとして                             潮のかおり
折り返しとして
波音を背に
わたしたちは生まれ出たこと                  記憶から解き放たれた
くるしみとよろこびの                         あの海と今を
区別もつかずに                         ひとつにまぜる波音
興奮して空を見上げた
雪が降りてくるまでには
帰るから
帰るから

砂浜の砂粒の位置を                           そうやって
記憶できないかわりに                     すべての海に君はいて
鎖骨のように白い駒を埋める                 壊れた櫂を渡してくれる

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