多くを捨てよ 亜久津歩
橋の背すじを ゆったり 歩く
みぎの踵を流星が掠めていった
澄みきった夜の空気に無数の月が沈んでいる
小雨を呼吸する草と土の匂い
仰ぎみた水面は幽かに蛍の尾を伸ばし
刻々と蜩の声を泡沫にする
ここはいつ わたしは誰のわたしだろう
常緑の庭 束の間の椅子
きっと白かった脚のささくれにふれ
硬く乾いた塗装の感触を想起する
テーブルの上には鳥類図鑑が羽ばたいて
硬く乾いた筋肉と感性を想起する
あてどなく舞う木洩れ陽の中
紫陽花が正しく立ち枯れていた
きみは誰 わたしをどこでみているの
文字だけの街 地図だけの夏
植木鉢を動かすと
無数のわたしが這い出してきた
化膿したことばを纏わりつかせ
無数のわたしが這い出してくる
無数のわたしが手袋を着け
無数のわたしの駆除を始める
花後の躑躅は
どの季節をも零れた歌を咲かせている
翅を抜くように
わたしからことばを剝がす
羽を接ぐように
ことばからわたしを剝がす
また一つ扉が開き
一つは閉じる
ひとりを摘み そっと
ラムネ瓶へと滑りこませた
とろりと濡れる球体は増殖を繰り返す
物語の前で さだめのない場所で
ああ どうしても
消えることが
できない