春風の死骸 戸田響子
生まれたばかりの春風が
水面のように透明な
高層ビルのガラスに当たり
次々と
死んで墜落してゆく
缶ぽっくりぽこぽこ
子供の頃につくった金魚の墓の上に
白い湯気が立つ釜揚げうどんがあらわれて
そのいっぽんがゆるゆると立ち上がり
おいでおいでと手招きをしている
缶ぽっくりぽこぽこ
どこまでも後をつけてくる
「P」と書かれた巨大な看板
電球が上から順繰りに光り
今度は下から順繰りに光る
看板の後ろからは
何本も何本も
死んだ電信柱が連なっていた
足踏みを繰り返してるどうしても非常ボタンを押したくなって
バス停のバスの時刻表は
すべて空欄になっている
バスはもう太古の昔に絶滅していた
缶ぽっくりぽこぽこ
風がふきビルのふもとの亀裂から青ざめゆれる春の草花
針に糸を通す
そのとき
目を細めた
そのとき
宇宙に存在するものは
針穴と糸だけになっていた