3つの月のソネット ―5.29 Zepp TOKYO 亜久津歩
五月来る結成日を季語と思ふ
夏めくや当選ハガキに夫の姓
己が脈煩しヘッドフォンに汗
ロッカールーム狭し握つた鍵熱し
黒Tシャツ黒リストバンド即完売
一歩づつチケット撓ふ薄暑かな
リハ音に風こそ薫れ観覧車
金雀枝のいま始まれば短けれ
ヴァイオリニストの背骨うつくし夏の月
聖五月奏づる指に射抜かるる
まなざしに裂かれ光や薔薇の闇
恍惚ぞ汗に宇宙にまみれつつ
たまゆらの夜を生涯の虹と信ず
ふるへたる手に吊革の涼しさよ
何度書いてもペンがふるえるあなたへの手紙 コーヒーだけ冷めていく
二児のいる三十代になりましたライヴの日だけ塗る爪黒く
ライヴ用プレイリストに飛び跳ねる脚を抑えて乗るゆりかもめ
いつもの服を名を生活をロッカーへしまう黒づくめの笑顔たち
主を待つマイクスタンド 薄闇があなたの色を求め始める
その名を呼ぶ 呼ぶ 叫ぶわたしはわたしを解かれわたしになって
愛と風と
祈りのように光のように歌うあなた 神さまなんていらなかった
音に融け音に問われる本当は何をしたいのどう生きたいの
燻りも渇きもなくて言葉など音楽などを望むだろうか
気のせいと分かっていても目が合ったことを宝石箱にしまうよ
言葉にすれば零れてしまう愛もありライヴの夜はひとりで帰る
会いたい人に会う 好きですと言う 花は願う速さで散ってくれない
夜明けの雪のように舞い降る銀テープ必ず辿りつくから またね
辿りつくよう靴を贈った
わたしを歩くことを忘れた足に
下ろされた幕の海と懸かったままの月が
狂おしく満ち始めたから
神さまになってくれてありがとう
神さまにしてごめんなさい
神さまなんていらなかった
あなたの歌う この世界で
散らばった宙の欠片は天をめざすよ
闇は降る 幾度も降る その度にあなたを想う
しがみつく影を受けとめて光るあなたを
名もなき無数の別れも一つの永遠を築き続ける
靴を脱ぎ 爪を拭うと
透明なオーロラに包まれていた