名前 山川創
かくして到来が始まったとき
私はまだ眼鏡をかけたところだった
かつてあった略奪のことを思い出しながら
ブレーカーと反対側にある窓から
身を乗り出して眺めるのは
嘘をつくことができない夏の雨
なんとなく雨は降るけど増殖を続けていればそのうち会える
多分
名前のない人が遊びにきたのだ
ショーケースなのよここはと誰かが言って
私はその正しさに打ち震えているところだ
死んだって後悔しないだなんて
みんなどうして二十日鼠にでもわかるような、
健全な精神として海鼠食う
正論により死んでいく人々の誰の名前も美しくない
多分
名前のない人が遊びにきたのだ
ドーナツの穴を残したまま食べる方法が
あなたにはわからないのと同じように
名前を残したまま葬られる方法が
私にはわからない
火葬より土葬がいいと鳴く薬缶
ドーナツをひとくち食べてたくさんの架空の国の名前が浮かぶ
多分
名前のない人が遊びにきたのだ
不純物が寝室に増えていくのを確かに感じる
18巻だけ欠けた漫画はカーテンレールの上で行儀良くなり
礼服が歌うのは私が知っている洪国民謡だった
そして到来を待つばかりの
私たちは
多分
名前のない人が殺しにきたのだ
そういえばもうずいぶん血圧を測っていないなあ