解錠 遠音
まず匂ふいのちの腐臭春出水
彼が莢からこぼれるようにその角から現れて一秒半、
僕の凝視が彼のぱりりと完璧なワイシャツの、
ほどけた第二ボタンの狭隘、かすかにのぞける
肌のすべらかな匂いをざりり、と抉り始めたとき
「いいよ」
静かな巨大なテノールが降ってきた、連動した指が
ずいとジャケツのくるみボタンを捩じり、ばさりと
緞帳の引き切った瞬間のゆらぎ、
びりりと左右の指の四つがそれぞれ、
ワイシャツの奥の鳩尾の暗渠にめり込み、ガギィン、と観音
開きに
内からボコンブクンと沸き上がりつつある腑をぶち撒ける、
風花を吸ひつくす空いよよ濃し
かはぁ、と僕の喉から嗚咽にならぬものが垂れる
紙魚の痕跡の縁けざやかな石灰岩の重層世界が、
アコーディオンを開き切ってなお収まらぬ展開の
うろ
彼の虚の凹凸を、乾いた西の風に削られ磨かれ、
白い鴉の羽のかたちに仕上がりつつある廃墟を、
機関銃の吹いた跡の千年を未だすり抜ける風を、
たった今蠢く虹色の泥土の腐臭、循環の豊穣を、
しろかねに照るひとすぢの陽に失せしより恋ひそめつなめく
じてふもの
清潔なワイシャツと重厚なジャケツに覆われている汚泥、
気を緩めればたちまち破裂し、とめどない放出が世界を侵し
てしまう、
そんな匂いをありありと、鳩尾の奥に捩じ切るように施錠し
て
彼は生きてきたのだった 微笑んでいる
僕は
ジュウ、と鳩尾が焦げる 焼印は押されてしまった
僕の世界は
彼のまなざしをねつく探る
やはらかく眇められにしまなじりがうながしてゐる決意目を
閉づ