俳句 井口可奈
起こしてはいけない大人薄紅葉
このあたりではよい石が取れるのだと聞きました
と尋ねられてわたしは答えに窮する
このあたりに石の転がっていそうな場所はなく
ただ国道と駐車場の広い牛丼屋と
ドラッグストアがあるばかりだった
ていねいに畳んでいるがそれはもう使わないんだ朝の脱衣所
石を売るお仕事ですか
と聞けばそうではないと言う
では視力を測るとか、と聞くと
大きく笑って気をよくした彼は
靴を買ってあげよう、とわたしに言った
これが愛だと渡されて胡桃噛む
靴はいらないのですが、というわたしに
いいからいいから、と言って彼は店に入っていった
こんな店はここにあっただろうかと
考えてみても思い出せなかった
Lサイズでは大きくてMサイズならば足りない体で困る
店の中には靴は置かれていなかった
ただ奥にカウンターらしきものがあるばかりで
店主がへらへらと笑って座っている
山粧ういけない火なら消せばいい
どの大きさがいいですか、と言って店主は
小さな長方形の箱を三つ持ってくる
もちろん実物大ではありません
と笑う店主の意味がわからず
困っているうちにわたしは
箱の中に寝かされてしまった
細長い石を胸の前で持てと言われて
それには必死で抵抗した
そのうち
というところまで話してくれたあたりで
あなたのビデオとマイクがオフになった
私をはじめとするオンライン句会の参加者は
突然はじまったあなたの話を
最後まで聴きたくなってしまっていた
もしもし
結局靴は買ってもらったんですか
PDFファイルであなたから回ってきた清記用紙(というのか
清書したのは我々ではなくパソコンだ)
にはあなたの句ばかりが並んでいた