霜柱の日 沼谷香澄
ストーブのうしろにあった香箱が前に座りなおして 冬だ
寒がりとさみしがりって同じ意味だったと思う霜柱の日
よい椅子になってあげたい、あるいは、よいマットレスになってあげたい
なにかのモーター音が止まった。無音に呼吸を妨げられて目を開けると、カーテン越しの逆光を
背負った猫の顔が見下ろしているのと目が合った。誰。毛色は、わからない。毛の長さも、意外
とわからない。目が光るにはあかりが足りない。それでも、丸く強い意志が私に据えられている
のがわかる。光らないので黒く大きい。何でそんなに見るの? 目で問いかけるくらいでは猫は
圧を下げない。
「 」
名前を呼んだ。
目は動かない。
「寝るからね」
そう言って目を閉じないで見ていると、猫はゆっくりと両目を閉じて、目のあった部分から黒鉛
色の埃になって形を消していった。見えなくなったのでわたしも寝た。朝になって身体を起こし
ても、猫の穴はあった。何かが残っているので穴がみえる。二年ぶりに、穴の脇に腰掛けてみ
た。ほんのりと体温を感じる。
声を出すまでのからだの緊張をやっぱりやめて目を開いている
想い出にあるかなきかのたましいにとって地鳴りのようだ、わが声
繊細な饒舌 ずっと以前から好きだったよと猫は息する
わたしは液体の入った容器なので、あちらこちら引き回した後でぴたりと据えると、中の液体だ
けがぐるぐる回り出す。かたく詰まっていたものが緩んで一緒に回る。淡くなる。静かに腰掛け
ているような姿勢でぐるぐる無目的に心を回しているわたしの傍に、穴は相変わらず箱を作って
くつろいでいる。
ヒトの目はすぐに乾いてしまうので見守る役がつとまりません
冬の日の完全性が望めない外は酸素が豊富にすぎる
いきもののたたかいをみる湿原の火のつきそうに穏やかな水
大きな足音をたてて近づいてきた猫がぎんなん色の目をぴたりと私に据えて一声鳴く。目が回っ
てんの? 無駄に動いてはだめだと、そんなことも知らなかったの? と、生きている長毛の三
毛猫が私を見上げている。