外の猫はどこで寝るのだろう 沼谷香澄
― 一 ―
「疲れた」
忙しさから今日のところは解放されて家路に着く。
「凍える」
乗り換え駅のホームで電車を待つ。
「暗い」
乗り合わせた人たちのマスクの上の笑っていない目をいくつも視認する。
「遠い」
家に着く頃何時になっているか計算する。
ここには猫がいない。
家が近づくと、何かに見守られている気配が進行方向の路地から兆してくるのだが、
外の猫には恩を施した覚えがない。
玄関の鍵を開けるとき、左肩の斜め後ろにまだ見守っている気配がするが、
礼儀として挨拶だけ投げかけて、ドアへ目を戻す。
玄関のドアを開けると毛であった
体を前に進めて、黒く滑らかな空気に心を委ねる。
「寒かった」
毛皮はそれ自体決して熱を持ってはいないが、肌を寄せると、肌と毛皮の間の空気が温まってくる。
「暗かった」
毛皮の表面は艶があり滑らかで手の滑りが良い。
「冷たかった」
毛皮は逃げない。
「寂しかった」
そこで初めて猫はヒトに横っ腹を貸すのをやめてヒトの顔を見る。
ひよどりの匂いがきっとするだろう窓から入る外の空気は
玄関を挟んだ別世 ともに冬
― 二 ―
給餌機や薄明を奮い立たせて
日曜日 戦いは始まっている
目が覚めた。
「生きてる」
目が二つ現れた。
「寒い」
目は消えて毛皮になった。
「寂しい」
鳩尾が静かに重くなった。
「苦しい」
階段を駆け降りる大きな音がした。
大きな声で、おまえわー、と、猫が言った。
くちごたえ、言い訳、小言、怠け者なので言葉がわからないヒト
休日と平日のヒトの違いを見分けて猫は事務椅子で寝る