塔   松岡秀明




塔   松岡秀明

わたしは、生涯を通じて、わたしのように、始終膨れあがってい
なければならない人間には滅多に出会ったことがなかった。
……わたしはふたたび膨れあがったのだ。急いで自分の服に手で
ブラシをかけ、わたしは不満な気持ちで立ち去った。すると、ド
アの後ろでは、みながどっと笑い出す。
わたしのような人間は、隠者として生きねばならぬ。その方がましなのだ。
アンリ・ミショー 「ぼろ屑」(小海永二訳)

冴えかえる
菊と刀をふくんでか
咲きそそる傷 非戦闘員もののふの腑に
帷子耀かたびらあき「瞳冒瀆」

 

丘の上に「丘」といふ名の塔のあり人みな言葉あやつりつつも

自らの消滅をる少年がそこここにをり都市の四つ辻

帷子耀童貞なりき(嗤ひつつ震へる)詩歌書きつけし時

男らは頸にタイをば巻きつける通り魔どもを飼い馴らすため

通り魔を鎮め女らは地下鉄でいまいつせいにに化粧を始む

通り魔を飼ひあぐねつつ少年はチョコバナナパフェを舌にころがす

煌煌かうかうと塔に明かりが点りをり祭壇に火は欠かさぬ決まり

「通り魔を飼つてゐるのさ誰もみな」 気づいた者が通り魔となる

逢魔時やや過ぎた頃少年ののみどより出づ通り魔の声

塔を包み広がる闇の大きさが夜と呼ばれて月が置かれぬ

通り魔だ! 通り魔がきた! ひとびとは塔にあまたの叫びとなりぬ

料理中、媾合かうがふ中の人々もto-o-ri-maのおんにみなつんのめる

ひとびとは獣をうちに謗りあふ「やつぱりおまへが通り魔だらう」

不安へといざなふものが空に満ちみな震へだす 仏陀像さへ

注射しんの光と硬さで区切られた小窓の空に火が溢れたり

菫咲く野にくつろげるひとら映し巨大液晶が傾きはじむ

ゲル化セル塔ハ77 Hz ヘルツデ震へ始メヌ 月ハ天心
ゲル化:ゼリー状の半固体になること

人らみなつひに放てり通り魔を月に聖者があらはるる日に

気化したる塔が空へと解かれゆき通り魔たちが丘にざわめく

二万粁離るる塔の崩壊でニジェール河がどよどよたぎ

君が代は 千代に八千代に 細石の 巌となりて 苔の生すまで

丘の上に森閑とつ半旗かな 赤が白へと滲み始めつ

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