TODAY(ヒビ/イヅミ) 川口晴美
浅い森に
ひらかれた草地へ行く
睫毛の先と足元で陽射しが揺れ
イヅミ
と呼ばれてそこにあらわれたわたしは
もうひとりを
ヒビ
と呼んだ
わたしたちの罅割れたくちびるが囁く声に濡れる
青くひかる記憶の血を滲ませて潤ってゆく
触れると痛いだろうか
痛くてもいい
触れて
光のように歩くそばから忘れてゆく
ひんやり眩しい秋に撫でられた斜面には
葉を落とした樹木の細い枝々の影がしるされて
ひとときも止まってはいない
いびつなストライプのなかの二本になって
ヒビとイヅミは森にいる
穿たれた鉄
割れる水
ガラスを渡る鳥たち
おなかがすいたねとどかないところまで
そうだねあたたかくてからい指に似たなにかがほしいな
わたしたちは耳を澄ます
壊された寝台
俯く背中
水玉模様の空にソファは浮かんで
ヒビのなかには
オレンジと桃と小さな赤い林檎が実っていた
にがくてあまい
沈んでいく
カラフルな音の欠片はイヅミのなかで
魚になって泳ぎはじめるだろう
じょうずに逃げられるか生きられるか
夕暮れの時間まで
ゆらゆら遡る
バスは遅れがち
やがてわたしたちは
深い夜へと回収されるわたしというひとつの座席で
つかのまの眠りにつくと
約束されている