春あさき荒野を越えてくる
江里昭彦
吊るさるる鶏肉〈あはれ、彼女は娼婦〉
寝嵩なき廃帝に春きたりけり
南仏や瞳孔反射なきうさぎ
みずどりの群るるは湖を嗅ぐごとく
この川は神がつけたるためらい傷
薬湯のような紅茶にただ飛雪
朝の鐘すべての枕蹴とばすよ
中国人の髪にも昼顔ほどの曇り
饐えてゆくピエロに添える角砂糖
綿羊をふたりがかりで樹に吊るす
作者紹介
- 江里昭彦(えざと・あきひこ)
一九五〇年、山口県宇部市に生まれる。現在そこに住む。「京大俳句」「未定」などをへて「鬣」「左庭」同人。
句集が三冊。『ラディカル・マザー・コンプレックス』『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』『クローン羊のしずかな瞳』。評論集が二冊、『俳句前線世紀末ガイダンス』『生きながら俳句に葬られ』。