蒼ざめた月
小﨑 ひろ子
さくらさくら太き切株に格子なる溝を示して蘖を待つ
白地図を蛇腹に折つて山あひの河童やら谷間の天狗やら狩る
贄まつりの村のすべてをおほひつくしカーペットのごと降る桜花
花の下飾られ馬に運ばれて山の猿の人身御供は
春によく似合ふ祭典あかるくて贄まつり桜の傍に華やぐ
願はくば(誰が願ふか!)花の下飾られて馬に運ばるる稚児
どこにでもある祭りゆゑ故郷ではなくいにしへを心は疎む
おとしぶみひとつ拾ひぬ封緘のしるしのやうにはなびらを付す
つぎつぎにまだ継がるるを辿りつつとりあへずきれいな桜を愛でる
またひとつ悪魔を産んでさくらさくらましらのかしらが呼ぶ虎落笛
雨を精査するならまだ大丈夫根拠なき道行きに雷が鳴る
旅先の窓辺のソファにまどろめばわたくしよりも蒼ざめた月
初出「うたそら」第13号(2023年3月1日発行)、「微文積分」第3号(微文積文の会、2023年4月1日発行)より改作