第9回詩歌トライアスロン融合作品受賞連載第2回
薄い魚 早月 くら
秋のつまさきへとふれる旅だから冷水で手をすすぎ、港へ
涼しいは比喩ではなくて、話してて、ラゲッジタグにすずらんの白
最果てへ行くのだろうか傷ついたスーツケースは昏く重なる
浅い椅子 荷物を抱いて座るときあらゆるざわめきは他人事
空の上に空のあることなめらかに水平線のかたむく窓は
天井にゆらめいているゆうれいのひかりのなかにあなたの右手
速度が
ひとを遠くへ連れてゆく
ひとはいつだって微弱にふるえているけれど
地面からはなれるほどに振動は増幅されて
みるみる模型になった街へ
墜ちたら
その速度で
その加速度で
発火するだろう、胸に根付くいびつな多面体は
その中心にあるのが たましい
燃えるなら何色がいい?
身軽なほうが、澄んだ色の炎になれる
あこがれに近づくために
思考を重ねて 或いは削ぎ落として
そうか、わたしはその炎を見ることが敵わない
なら彗星に名前をつける地上では横の移動が信仰されて
みずうみのほうへ。あなたのサングラス、旧い音楽、まっすぐな道
河をゆく花のここちだ無差別におおきな陸橋をくぐるとき
こわいね、後悔さえも失くすのは 羊歯の葉あかるい日陰に群れる
まぶしさを映しつづけて淡水はカーブの先を占める、しずかに
冷たく、きれいな水の中でしか生きられないのです
みずうみのほとりに立ち籠める、それは薄い魚のはなし
冷たく、きれいな水でなければ生きていけない魚は
ぬるく、よごれた水では生きないことをゆるされていて
(銀色の魚と目が合う)
それを
すこしうらやましいと思う
(水槽にゆらめく魚の黒一色の瞳と目が合う)
空にもみずうみにも、長居はできないよ
青く澄んだ場所は人間のために開かれていない
それは例えば
天使や薄い魚の棲む場所だから
よごしてしまう前に帰らなければ
新聞に未来の日付 概念を愛して花のアイスを含む
白樺に小指のさきで触れてみるこれは拒絶でなく道標
人生のようだ、果てしない山道の樹陰にさがすうつくしい鹿
茜雲ゆび指しながらあなたの言うまがまがしい、のやさしさときたら
特急にふかい角度でねむりいる擦りきれたあなたの白い靴
梨狩りへいつか行こうの記憶だけ乱反射して透明な冬へ