第9回詩歌トライアスロン融合部門選外佳作①
林、あるいはそこにゆく影 柳坪 幸佳
飴のように伸びるいのちを途中にて引きちぎるひとをいくにんか知る
ときどき
ふるい音が聞こえなくなる
そのようなときは林に向かう
見えないあなたが水の輪をかさね立ちすくむ場所
とおい昔に置き去りにされた
とてもあわい、この世の姿で
屋上は/
嫌/
鳩がくわえて/
明るすぎるよ
すべり落ちるモノクロームは時間の皮膚たち
あなたの声は透けすぎていて
たどりたいのに
どのような木々の枝にも
音は脆くてとどまらない
(ほんとうはあの日に受けたひどい痛みをついばむために声が沈むの)
樹林の底から押し戻されて
ととのいたがるあなたの姿に
たずねたい
わたしはいったい何をしたのか、
それとも何もしなかったのか
わたしたち止めたんだよとくちぐちにさけぶ子どものかおのゆがんで
日差しとして
皮膚がわたしを追い越してゆく
木と木のあいだに、うすい隙間が打ちつけられて
あなたはそこにぶら下がるのに
近づけないまま、
わたしは無音で叫んでいる/(門が、少しずつ下りてしまうよ)
沈黙が、棄てた耳鳴り
聞こうとしても
手にとれるのはさざめきばかりで
引き込み線なぞろうとすれば夏草の這う
※
dig 斎藤君
脈拍を吸い込んでゆく春の月
薄荷の香りに包まれて
エスカレーターに乗っている
庭の日向のように透明で
古井戸の底のように無機質
だあれも左に寄らないんだね
手首のように冷たい空気
みんなぼんやり下を見て
(ほんとはどこも見ていない)
春の星座のような面持ち
土は意外に柔らかかった
ちょうど地球とおんなじように
ブランコが微かに揺れていた
ちょうど地球とおんなじように
清々しいほど枯れた柿の木
不安になるほど咲いた蓮たち
ちょうど地球とおんなじように
無人の駅の線路の横に
なんだか大きな穴がある
そんなに電車はこないから
だあれもそれに見向きもしない
いったい何の穴なのだろう
いったい何を埋めるのだろう
トンネルだったりしないかな
ちょっとのぞいてみたいけど
ちょっとこわいしやめておこうか
そこで初めて気がついた
マヨネーズを塗らなかったな
バッグの中のサンドイッチに
今ここは何座のどのへんなのだろう
はくちょう座だったらいいね
君は必ず立っていた
とにかくたくさん殴られて
とにかくたくさん詰られた
それでも君は立っていた
僕の心臓を聴いてみるかい
これが最後だ
気が遠くなるほどに
これが最後だ
トパーズのような正義に殴られてそれでも手首に傷はなかった
打撲痕見せ合う深夜の銭湯で生きていたのだ地熱のように
その穴はすこしこわくて君の手に触れて自分を確かめている
檸檬切る中二男子は傷だらけ
廃棄のケーキを手づかみで食う
肉食いてえなってすこし笑って
廃棄のケーキを手づかみで食う
効率的な蹴り方なんて議論して
廃棄のケーキを手づかみで食う
神話の美しさになど目もくれず
廃棄のケーキを手づかみで食う
太陽に両手を伸ばす陳腐さでだあれも君を愛さなかった
原罪のような重さの影がありだけどどこにも悲しみがない
脂ぎる髪を左右に振り乱しアダムの鳩尾を蹴り上げている
顔のない炎笑ってノックする
ギンズバーグを抱えて走る
それはお守りだったから
僕らと同じ無学な店主が
笑ってそれを譲ってくれた
初期微動的唸りをあげて
ギンズバーグを抱えて走る
溶けてしまった君の肌
焦げ目の付いた両の眼球
肘や膝から骨が出て
少ない脂肪がプツプツと沸く
杞憂は実現しないから
今だけ君を傷つけて
ギンズバーグを抱えて走る
悪魔のような夕闇の中
ギンズバーグを抱えて走る
ギンズバーグを抱えて走ったら
どこにも君はいなかった
交差点、黒い雨傘「そうですね運命とかは決まってるんで」
透明な暗喩に満ちた春がくる希死念慮ってこういうことか
だけどまだお腹は減るし死神といっしょに猫を助けにいこう
春泥にまみれて今はひとりきり
穴を掘る
永久凍土に穴を掘る
肉刺は破けて水が出て
鼻汁はずっと凍ってる
それでも僕は穴を掘る
慣れない手つきで穴を掘る
(贖罪ですか?)
贖罪ですね
時折男がやってきて
アルトサックスを横で吹く
だけど無視して穴を掘る
介護のワゴンが事故をして
僕の後ろで煙をあげる
だけど無視して穴を掘る
真っ赤なサイレン
真っ赤な焔
だけど無視して穴を掘る
ヒト科が焼ける匂いがしたら
初めて顔を上げてやる
時折男がやってきて
アルトサックスを横で吹く
だけど無視して穴を掘る
これから僕はどこへいこうか
足の鎖は堅牢だけど
穴を掘ったらいいことがある
穴を掘ったらどこでもいける
穴を掘ったら許される
(贖罪ですか?)
贖罪ですね
時折男がやってきて
アルトサックスを横で吹く
だけど無視して穴を掘る
まっしろな花瓶の底だ君という不在の中に足を浸せば
傷ついた余白の中で僕たちがナイフを花に変える試み
祈りとは希求でしょうか死ぬまでは還れぬ海に花を手向ける
大海の読点として梅の花