第10回詩歌トライアスロン三詩型融合部門受賞 うたいあい ユウアイト

第10回詩歌トライアスロン三詩型融合部門受賞
うたいあい
ユウアイト
                          
1 調律師の場合

季節に添えられた雨の呼び名を、男は閲覧室で眺めている
「B」の項には欠損がみられた為、一人、回廊を何度も往復した
歴史上、まずは季語から失ってそれから声色が狭まった
長い時間楽譜の中を探しても何も分からぬ耳には、音を
鳴らす何かが必要で実際、眼を閉じ木や石を
叩いたりするところから始めなければならなかった
初めての哀悼の意を示すため彼らの骨で拍を割る始祖
それは壁画から躍り出た古い装飾だった

こちまごちくんぷうのわききたおろし
四季折々の、例えば風が去った後、図書館は慌ただしくなる
ここに集められる、脈絡はない
歌になる前の、私たちがとうに不要としたもの
桜散り使い古した語彙の塵
男は調律師だった、整頓された言葉を一つ一つ精査する
汚れているのは意味だけではない
手に取り舌の上に放つとすぐにそれは音便した
水枯れる川肌で喘ぐ岩魚かな
歌人でもあった男はその意味を考える

「てんい」という語を棚から取り出す、耳を立て
アグニ、流離、星の意図
どこからきて、どこへいくのか
男にも、もう分からない
中庭に光の粒が集まり手を止め無季の顔をするひと

2 エンジニアの場合

空中庭園の一角に備わる工廠では、当然四季は乏しく
句は淀み成層圏で鳥は嘆き
そう歌ったのは大震災を知らないアンドロイドだったか
女はここで量産されている幼体の
フェールセーフ機能の再設計を任されている
外乱を歌い上げる関数の無限ループを抜け出せぬ子ら
ここで産まれたほぼ全ての個体が、あの日から
聴覚に関するエラーを吐き続けている

産室は庭園から摘んできた植物で埋まっている
光度下げアンスリウムという花に
室内灯が季語を求める
女は再起動を待ちながら、つるりとかえりのない耳を撫でる
そのままの指で、つまんだメモリには滅んだ花の
歌あまた眠り

3 美術商の場合

著名な歌人が彫ったとされる版画を買い取った
雪原を歩く女性が両手に向日葵を抱えている
一輪の虚ろな顔がうつむけば口ごもる冬陽陰に吸われ

お聞きになられましたか?
持ち主曰く、真贋を見分ける基準は
そこに歌が現れているかどうかだという
なるほど、と彼は手を叩いて納得した

画廊を訪れる人々は思い思いに、歌や言葉を残していく

4 鳥類学者の場合

鳥の声をキャンバスを裂く音で作りたい、と言われ
喧嘩になってしまった
ヤンバルクイナの絵を引き裂いたとて
蓮は独り花びらを閉じ、私たちは午睡に入る

うつせみの世に溢るる紛いの音
夢を渡るあの鳥の声さえ

古い地層から発見、復元された、ある鳥類学者の日記は
このような歌で終わっている

5 アンドロイドの場合

アンドロイドの間でコミュニケーションが生まれた
長い回廊を行き来して運んでいるのは
『うた』と呼ばれていたもの、人が去り
語る口も、頼る耳も不要になり
必要最小限の機能しか備わっていない彼らの
腕の自由度だけは滑らかだった
メモリの隅で揺らいでいる
滅んだ花の『うた』をほどき純度の高い事柄を渡す
肩 ¦¦ 肘 ¦¦ 手首 ¦¦ 指と順に駆動させ
ない音と
ない音が生む流線、その所作は確かに
彼らだけの『うたいあい』だった
縁取った白色光が淀みないイメージを生み愛燦々と
初雪や舞い降りじわり腕に溶け
形づくりたい
読みとりたい、そういう願いで満ち溢れ
虹くぐるアンドロイドも夢をみる
眼の約束だけで
交わしていく

ヒバリ鳴く声採譜して垂る枝
   君に教わるあれが梅だと
春時雨水瓶に降り生まれる輪
   我を忘れて踊るマズルカ
名月に顔だす兎届かぬ手
   すすきの軽い触れうたいあい
………

※※

聞こえる『うた』と聞こえない『うた』
見えない『うた』と見える『うた』
未完の伝承は
『きご』を追いやっているだけではないか?

正直に言う、今はまだ
やはり『ことば』はよそよそしい 

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