そばだて 大橋愛由等
ひたと迫る夜に跋扈するあぱしいな風よ
(閉ざされた町に揺らめき残存する浅黄と深緋
と薄香色。雲が低く垂れこめ風たちは一方的に
喋りはじめ、ひとびとの返答を聴こうとはしな
い。聴こうとしないのは、それはあなた、いや
わたしかもしれない。返答なんて存在してほし
くないとの思念を公園のブランコの揺らめきが
聞き入れてくれたとでも想うのか。無作為にあ
り続ける路傍の石の耳たちが聴きこんできた風
の息吹も記憶されることもなく蕩尽されていく。
息せき切って流れる河の怒りに気づかないまま
に過ごした秋の一日には廃屋のかなしみが似合
うだろう。たちあがって捜しものをするとすれ
ば無残な夏の欠片が散らかっている五番てえぶ
るに向かうがいい。そこにはわたしが書き続け
たマドリガルもロマンセもいつのまにか色あせ
消失している。ではいったい誰が消し去るいや
食べてしまったのか。三日前かあてんの隙間か
ら十六夜が覗きこんでいたのを薄ぼんやりと覚
えている。河に見切りをつけこの町から抜け出
さなくては夜が追ってくる。無慈悲な夜だ。す
べての抒情と旅人を拒絶するだろう。抒情と旅
人はさまよう場も与えられずたちすくみ町を覆
う寡黙におののくにちがいない。あなたがわた
しを冷笑した夜はこんなに不寛容ではなかった。
わたしは沈黙を嫌う。石たちはいつだって耳を
そばだてている。風はおしゃべり。ブランコは
油の切れたきいきいという音をたてる。町とあ
なたとてえぶるからきいきいとうたが謝絶され
る時、わたしのなかのわたしがわたしを遮って
わたしであることをないがしろにしようとする。
大橋愛由等(おおはし・あゆひと)
1955年神戸生まれ。図書出版まろうど社代表。スペイン料理カルメンオーナー。
詩集に『明るい迷宮』(風羅堂)、句集『群赤の街』(冨岡書房)ほか